103 嵐を切り裂く光

 死風荒野は嵐に荒れ狂っていた。

 俺たちが足を踏み入れた途端、これも罠なのか、上空に黒雲が沸いて雨が降りだしたのだ。見る間にザアザアの土砂降り。雷もとどろき始めた。

 そして雷鳴と共に響く高笑い。

 

「ほーっほっほっほっほー!!」

「……」

 

 俺は無言で、魔法で作った傘を仲間に配った。

 

「見上げずに突破するぞ」

 

 夜鳥が無言でウンウン頷いている。

 すると大地が、上空で笑っているどこぞの女に助け船を出した。

 

「構ってあげないと可哀想じゃないですか」

「じゃあお前が構えよ大地。後は任せた」

「雨に濡れて風邪ひくの嫌なんで嫌です」

 

 じゃあ言うなよ。

 

「こっちを無視して好き勝手言ってくれるわね!!」

 

 雨が滝のように降ってきて、その滝から人魚が姿を現した。

 見た目は金髪に青い瞳のマーメイドだが、中身は残念な元日本人の七瀬という少女だ。今回は、空飛ぶ海亀に乗っての登場である。

 七瀬はビシッとこちらを指差して言う。

 

「ふふふ、湿度100%は水中と一緒よ。すなわち、ここは海中! 人魚である私の独壇場! ここは通さないわよ、近藤枢!」

「湿度100%は水中じゃねーよ」

「突っ込むのそこ?!」

 

 勘違いする奴が多いが、湿度とは空気中の水分を表す数値であって、前提条件が土台から違うのだ。

 夜鳥が「近藤」と俺に声をかける。

 雨傘を持ちながら、夜鳥は器用にナイフを構えた。

 

「俺たちが邪魔な奴を食い止めるから、近藤は先に行って心菜ちゃんを助けるんだ」

 

 出た。俺を置いて先に行け的な台詞。

 確かに七瀬のような雑魚にかかずらっていられないとは思うが。

 

『ナナセ Lv.1524 種族: 魔族 クラス: 人魚歌手』

 

 俺は七瀬のステータスを鑑定する。

 前に見た時よりもレベルが高いが、どうせアイテムの効果によるものだろう。こんな短期間で数百以上レベルが上がるとは考えにくいし、何より508の倍数だ。

 レベルが数百高い上がっても大した事はないと以前、俺は言った。しかし俺以外の奴らにとって、レベルの高さは単純に脅威だ。Lv.980の椿がいるとしても、夜鳥たちが七瀬を抑えるのは手間が掛かるだろう。

 ここは適材適所で行こうじゃないか。

 

「いや夜鳥、七瀬は俺が相手をするよ。ご指名だしな」

「近藤? いったい何を考えてる。心菜ちゃんが待ってるんだぞ」

「だからだよ。効率を考えてチーム分けする。夜鳥とリーシャンは、身軽さを活かして人質の救出。大地と椿は、黒崎の足止め。俺とサナトリスは、七瀬ほか雑魚を蹴散らした後に、大地と椿に合流する」

 

 作戦を説明すると、夜鳥は納得してくれた。

 

「そうか、確かに近藤が戦った方が早く済みそうだもんな」

 

 自分の役割が黒崎の足止めと聞いて、椿が嬉しそうにしている。

 彼女は黒崎と積もる話もあるようだから、ちょうど良いだろう。

 

「さすが枢さん、良い考えっすね!」

「だろ」

 

 大地が親指をぐっと立てて白い歯を見せた。

 歯磨き粉のコマーシャルじゃあるまいし、爽やかすぎる。

 七瀬は額に青筋を立てた。

 

「あなたたち、敵の目の前で堂々と作戦会議なんて何考えてるの?!」

「お前を強敵だと認識してないだけだ。先に行け!」

 

 後半の台詞は、夜鳥たちに向けて。

 俺は火炎属性の魔法をビームのように放ち、雨を蒸発させる。

 炎が通った後に、雨を貫く道が出来た。

 

「枢さんも気を付けて!」

「遅れんなよ!」

 

 夜鳥を乗せたウサギギツネのメロンが、俺の作った道を猛ダッシュする。

 椿と大地を乗せたトナカイも後に続いた。

 

「カナメ、油断しないでね」

 

 リーシャンは俺の前を一回くるりと飛んだ後、夜鳥を追いかけて霧雨に消えた。

 

「カナメ殿、援護する」

 

 サナトリスが俺の隣に進み出て槍を構える。

 

「えーと、私は近藤枢を足止めするように命令されてるだけだから、他の連中を通しても怒られないよね?」

 

 七瀬はすり抜けて行った夜鳥たちを見て、あたふたしている。

 だが気を取り直したように、俺に向き直った。

 

「ぺしゃんこになっても知らないわよ! 私の倍増した魔法の威力、思い知りなさい!」

 

 わざわざ決めポーズを取って攻撃してくる。

 

落雷豪雨サンダーレイン!」

「……光盾シールド×10」 

 

 俺は防御魔法を十枚重ねる。

 頭上から降ってくる雷を、光盾をタイルのように敷き詰めて防いだ。

 

「やああああーっ!」

 

 サナトリスが槍を持って、七瀬に向かい前進する。

 

「一度に使える魔法が一つだけなんて言ってないわよ! 深海高津波ダイダルウェーブ!」

「しまった?!」

 

 七瀬の足元から起こった津波に、サナトリスは飲み込まれた。

 

「くそっ、お笑い担当の癖に生意気な……光盾×10を追加!」

 

 俺は上空の落雷攻撃を防ぎながら、光盾を並べて津波を防ぐ壁を作った。以前と違い、海上でないからか、津波の高さはそれほどでもない。

 しかし光盾がジリジリと押される。

 単純に力負けしているのだ。

 

「サナトリス、無事か?! というか雨降り過ぎだろ!」

 

 降りしきる雨で前が見えない。

 七瀬に突進したサナトリスは流されてしまったんだろうか。

 光盾の隙間から浸水してきた雨が、濁流となって足元を満たした。まるで川の中に立っているようだ。冷たい水が手足を冷やす。

 守るだけでは押し負けると分かっているが、次の一手を考えあぐねた。

 

「……っつ」

 

 水しぶきが波のように押し寄せ、俺は束の間、意識を飛ばした。

 

 

 

 

 気が付くと、俺は白い空間に立って緑色の髪の女性と向き合っていた。

 女性は腰から下が魚の尾になっている。

 頭上には控えめな銀色のティアラが輝いていた。

 

「大丈夫? 溺れないように私の加護を与えたんだけど」

「……もしかして俺に呪いを掛けてる人魚姫?」

「イエス。大当たり~」

 

 人魚姫は気楽な調子で肯定した。

 俺から恋人の記憶を奪った張本人のおでましか。

 

「奪ってないよ! 思い出せないようにしているだけで」

「人の頭の中で邪魔すんな。そろそろ出て行けよ」

 

 ステータスに呪いの文字が表示されたままだと気持ち悪い。

 

「えー、恋人いない方が楽でいいじゃない。女の子を気にかけないで好きなところに行けるし、女の子にプレゼントとか貢がなくて良いし、ほら結婚は人生の墓場だって言うでしょ」

 

 人魚姫はくねくねしながら指を振った。

 俺は半眼で答える。

 

「うるせえ、財布は俺が管理するからいいんだよ。ってか恋人云々より、俺の記憶をてめえの好き勝手されるのが気に入らん」

「そっかー」

 

 仕方ないね、潮時かな、と人魚姫は呟いた。

 やけに物分かりが良い。

 あれだけ解呪しようとしても出来なかったしつこさが嘘のようだ。

 

「……良いのか? あと一ヶ月くらいなら、取りついてても別に良いぞ」

 

 俺は人魚姫が可哀想になって提案した。

 恋人の事が思い出せないだけで、他は実害ないし。

 

「ありがとう。でももう十分、幸せ過ぎる君の記憶でお腹いっぱい、胸焼けしそうだから遠慮します」

 

 なんだと? なんで呪い掛けたお前が迷惑そうな顔なんだよ。

 

「私の彼氏、人魚を皆殺しにしようとした最悪な男だったんだよねー。男は皆あんなんばっかりだと思ってたんだけど、カナメ君は違った。優しくて温かだった」

 

 だから、もう良いんだよ。

 人魚姫はふわりと笑って空に浮かび上がった。

 天上から射し込んだ七色の光が、俺たちを包み込む。

 

「おい、待て!」

 

 伸ばした手が空をきる。

 

 

 

 

 いつの間にか上空に差しのべた手には、聖晶神の杖が握られていた。

 七色の虹が、杖にまとわりついている。

 杖から放たれる光が、灯台のように嵐を切り裂き周囲を照らしている。

 

「カナメ殿!」

 

 光を目印に、サナトリスが水を掻き分けて近付いてきていた。

 

「ああ、やはり無事だな。このくらい、試練でも何でもないか」

「当然だろ」

 

 俺はぐっと杖を握りしめる。

 気合いを入れたのに反応してか、周囲の光盾がひときわ青く輝いた。

 

「さっさと片付けて、心菜を助けに行くぞ」

 

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