102 交差する運命

 斬っても斬っても棘が生えてくる。

 心菜は、まとめて数本の棘を切り払った後、息を乱して床に膝を付いた。

 

「はあ……お腹が空いたにゃ」

 

 死風荒野ブラックヒースに連れてこられた心菜と真だが、心菜の方は地下の牢屋に閉じ込められていた。

 ここは、太い棘の根本が竹林のように乱立する洞窟だ。

 地上と違い、地下には清浄な空気が流れている。

 

「お前は毒の耐性が無いようだな。ふむ、せっかくの人質を毒で死なせる道理は無い」

 

 黒崎はそう言って、地下に心菜を投げ落としたのだ。

 地下は毒の風が吹いていないが、代わりに棘の根本が生物を吸収しようとうごめいている。

 

「心菜ちゃん?!」

「小早川、お前は毒に耐性がある代わりに戦う力が無い。地上で大人しくしていると良い」

 

 こうして、二人は分断されてしまった。

 

「枢たん、助けに来てくれるかな……?」

 

 心菜は日本刀を地面に垂直に突き立てて、息を整える。

 

「助けに来てくれる前に、脱出しなきゃ」

 

 異世界に来てからこっち、枢には助けられてばかりだ。

 そのことに焦って人魚の血をあおり、余計に事態をややこしくした自覚はある。

 

「強くなりたい、強くなりたい、強くなりたい……!」

 

 呪文のように唱える。

 思い描くのは、自分と同じ姿かたちをした少女の、儚い微笑み。

 白くて静かな病室で、二人の少女は手を握り合う。

 

『……ここなは、私の分まで、外で遊んできて。ふたり分。約束だよ……』

 

 双子の妹は、そう言って蒼白な顔で笑った。

 

『生きて』

 

 女の子らしい遊びは嫌い。男の子みたいに、外でやんちゃに跳ねまわりたい。

 枢と会うずっと前から、心菜は「強くあること」を願っていた。

 

「……無様ですね」

「誰?」

 

 棘の林の向こうから、涼しい女性の声がした。

 カツンカツンとブーツの足音と共に、狩人の恰好をしたダークエルフの女性が現れる。

 長い白銀の髪に、特徴的な甘い珊瑚色の瞳。

 

「シシア」

 

 それは、地球で出会い、途中まで仲間として一緒に戦ったダークエルフのシシアだった。

 

「足手まといと自覚しながら、なおも無様にあがこうとするのですか?」

「うるさい!」

 

 心菜は日本刀を地面から抜いて、正眼に構えなおした。

 ここで、このタイミングで出会うということは、シシアは敵だったということだ。

 

「少し頭を冷やして……スタート地点に戻ってください」

「え?」

 

 トスッ。

 乾いた音がした。

 シシアは弓を構え、矢を放った体勢で険しい顔をしている。矢はどこに?

 

「あ……」 


 矢は、心菜の体の中心を貫いていた。

 内臓から逆流してきた血が、口元から溢れる。

 

「大丈夫です。彼がセーブしていますから、あなたは大聖堂から再スタートですよ」

 

 にっこり微笑むシシアの顔を、刀で十文字に切り裂いてやりたい。

 

「絶対……絶対……心菜は、このままでは終わりません…!」

 

 体から力が抜けていく。

 シシアを睨みつけて再戦を誓いながら、心菜の意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 俺は、誰かに呼ばれた気がして、空を見上げた。

 魔界だというのが信じられないほど、空は澄んでいて青い。

 ここから先は毒の風が吹いているというのが信じられないくらいだ。

 

「……とりあえず、毒を無効化するイヤリングとか作ってみたけど」

「本当に何でもアリっすね、枢さんは」

 

 銀で出来たシンプルなイヤリングを、椿と大地と夜鳥とサナトリスに配り、ウサギギツネのメロンの耳と、リーシャンの尻尾の先に装着してやる。

 イヤリングを受け取った大地は、呆れたような吐息と共にコメントを漏らした。

 

「なんだよ。人を、四次元ポケット付き猫型ロボットと同列にしたのはそっちだろ」

「根に持たないで下さいよ。って、なんか仲間の証みたいで、良いっすね、コレ」

 

 死風荒野の手前まで、メロンに乗って来た。

 メロンだけだと大人数を乗せられないので、椿と大地は別の騎乗モンスターを使用している。椿の召喚したのは、サンタクロースのソリを引っ張っていそうなトナカイだった。トナカイに乗るとか、ちょっと恰好良いじゃないか。

 だがトナカイの主である椿は、死風荒野に近づくにつれて、憂鬱そうな表情を増していっている。

 

「ここから先に進んでいいのか、椿」

 

 手のひらのイヤリングを転がしている椿に、念のため聞く。

 こいつは黒崎と幼馴染らしいからな。

 

「私、ここから先は行ったことないの」

「え? 黒崎の居城に、行ったことないってことか?」

「そうよ。異世界では、栄治と会っていなかったの。彼が魔神ベルゼビュートだと知らず、私は蒼雪峯で吸血鬼の女王をしていたわ」

 

 なんと驚き。じゃあ地球で仲間として合流したってことか。

 椿は意を決したように、黒髪をかきあげて、耳にイヤリングを付けた。

 

「私は、彼が何を思い、何のために地球を滅ぼそうとしていたか、知らない。だから知りたい。あなたたちと一緒なら、きっと流されずに向き合えるから……」

 

 崖の向こうには、棘が乱立する荒野が広がっている。

 その光景を眺めていると、リーシャンが肩に降りてきて言った。

 

「この辺りから、転移・転送系の魔法も駄目だね。毒の風に、魔法も阻害されるみたいだ。ここから先は、カナメの言う"死に戻り"しか出来ないよ」

「リーシャン、お前も、大丈夫なのか一緒に来て」

「カナメと一緒なら、たとえ火の中、水の中、さ!」

 

 頼もしい台詞だ。

 俺は棘が密集している、黒崎の居城がある辺りを睨んだ。

 待ってろ、真……心菜。今、助けに行くからな。

 

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