101 幼馴染

 リーシャンから悲鳴混じりの連絡があった後、俺は「追跡トレース」を行って、連絡元の座標を特定した。

 黒崎が通信魔法に割り込んだせいで痕跡が乱れていたが、やっぱりリーシャン達はまだ灼熱地獄にいたようだ。念のため魔神アグニの宮殿に設置しておいた転移石を使い、転移魔法を使って現地に飛んだ。

 

「夜鳥!」

「近藤、遅いぞ……」

 

 壁が壊された高級服飾店で待っていたのは、石化したリーシャンを抱えた夜鳥だった。

 今は昼なので女性の姿だが、色気の無い男物のシャツとズボンの上から、なぜかハムスターの着ぐるみを被っている。

 

「どうしてハムスター?」

「そんなことはどうでも良いんだよっ」

 

 夜鳥は着ぐるみを脱ぎ捨て、それだけでは足りなかったのか、わざわざ火の魔法を付けて着ぐるみを燃やし、残った炭を十回くらい踏みつけた。

 どんだけハムスターが嫌いなんだ。

 

「リーシャン、巻き込んでごめんな。……浄化解呪ディスペル

 

 俺は冷たくなったリーシャンの体を抱き上げ、解呪の魔法を使った。

 青い光に包まれ、灰色になった表皮に真珠の輝きと艶が戻ってくる。

 

「ふっかーつ!」

「いきなり元気だな」

 

 リーシャンは俺の腕から飛び上がって、高らかに復活宣言をした。

 

「カナメ、僕らに喧嘩を吹っ掛けたら倍返しだって、ベルゼビュートに教えてあげようよ!」

「そうだな。ちょっと行きがてら、魔族の奴らを滅ぼすか……って、第一目標は、真と心菜の救出だっての」

 

 思わず同意しかけて、それが目的ではなかったと思い直す。

  

「カナメ殿。その、マコトとココナとやらは、カナメ殿の大切な相手なのか」

 

 一緒に来ていたサナトリスが聞いてきた。

 ちなみに椿と大地も付いてきている。椿は黒崎の話を聞いて、思いつめた表情で「私も行くわ」と言い出したのだ。黒崎と椿は幼馴染らしいから、何か事情があるのかもしれない。

 サナトリスの疑問に答えたのは、俺ではなく大地だった。

 

「真さんは枢さんの親友で、心菜ちゃんは枢さんの恋人ですよね!」

「恋人?!」

 

 大地の回答に、サナトリスがなぜかショックを受けている。

 椿や夜鳥はもともと俺の仲間で、真と心菜と面識があるし、黒崎と因縁があるから、一緒に死風荒野に行くのは違和感ないのだが、サナトリスはどうだろう。ここから先は危険だし、救出という目的を共有できないなら、無理して付いてくるのはどうかと思うのだが。

 

「サナトリス。ここから先は俺の個人的な旅になるんだ。だから――」

「私も行く!」

 

 サナトリスは必死な顔で、俺の袖をにぎった。

 

「知りたいのだ。カナメ殿がその、ココナという女性をどのように思っているか……それが分かれば、私も先に進める気がする」

「……」

 

 俺はまだ心菜の記憶が完全に戻った訳でも、呪いが解けた訳でもなかった。

 知りたいのは、俺も同じだ。

 

「行きましょう、死風荒野へ。私が案内するわ」

「椿」

 

 椿が決然とした表情で言う。

 旅に備えてか、OLの恰好から着替えて、長い黒髪を三つ編みにした魔女っ娘の服装になっていた。手にした杖の先には六角形の雪の結晶が付いている。 

 

「よし。黒崎をとっちめてやろうぜ」

「キュー!」

 

 巨大化したウサギギツネのメロンも俺に賛同するように鳴く。

 俺たちは死風荒野があるという、東へ向かうことにした。

 

 

 

 

 その頃、真は、死風荒野にある魔神ベルゼビュートの居城にいた。

 死風荒野は、地面から鋭い棘が生え、毒を含んだ風が吹く土地だ。通常の人間なら空気を吸うだけで死ぬような場所だが、真はスキルでレベルを上げているのと、もともと毒の効果を受け付けない称号も持っているので平気である。

 毒を撒き散らす不気味な棘は、魔神の居城の中にもタケノコのように伸び、城の装飾の一部になっていた。

 

「床からも節操なく棘が生えてやがる……おい黒崎、これ伐採しないのか」

 

 玉座に悠々と腰かける黒崎を見上げ、真は毒づいた。

 

「切ってもすぐに生えてくるからな……」

 

 黒崎=魔神ベルゼビュートは平然と答える。

 その姿は真の知る、人間の黒崎のものと異なっている。

 顔こそ人間のものだが、胴体には赤い複眼がうごめき、黒い節足が脇から生えている。背中からは昆虫の翅とサソリの尾が伸びていた。人間と魔界蟲が合体したような醜悪な姿だ。

 

「……人間やめてやがるのか」

 

 よくもまあ、望んでそんな姿になるものだと、真はおぞけが走った。

 自分なら頼まれてもごめんだ。

 

「この姿が気になるか? 小早川真」

「てめえが自分と同じ人間だったなんて、信じたくないだけだ」

「くくっ、正直だな。だが、人間をやめてみれば分かる。いかに世界が不自由で堅苦しいものだったか」

 

 黒崎は暇を持て余しているらしく、真の世間話に乗ってきた。

 ちょうどいい。情報を引き出してやる。

 真は無意識に緊張で乾いた唇を舐め、会話を続けた。

 

「あんたにとって、世界は不自由で堅苦しいものだったのか?」

「特に地球ではな。俺と椿は孤児だった。そして、強盗を企む大人たちの使い走りをさせられていた。異世界に来て、やっと自由になったのさ。小早川真、お前たち、普通の家庭で不自由なく育ってきた奴らには、この感覚は理解できないかもしれないがな」

「……」

 

 てめえばっかり不幸だと思ってんじゃねえ。

 心の中だけで、真は黒崎を罵倒する。

 親に恵まれなかったのは、真と枢も同じだった。枢とは盗んだパンを分け合った仲だ。幼馴染との思い出を回想して、真はこんな状況なのに笑いそうになった。

 

「光の神を標榜する奴らに、思い知らせてやる。最後に勝つのは俺たちだ」

 

 そう宣言する黒崎にピントを合わせ、真は彼のレベルを確認する。

 鑑定しなくても表示される簡易ステータスを。

 

『魔神ベルゼビュート Lv.2021』

 

 

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