96 氷壁の囚人

『僕らはまだ灼熱地獄でショッピング中だよ』

「よし。そのまま引き延ばして、あいつらが危険な場所に行かないよう見張っておいてくれ」

『無駄だと思うけどなー』

 

 リーシャンの魔法「神様連絡網」こと、金色の石を媒介にした遠距離通話で、俺は真たちの居場所を確認した。金色の石から溢れる光の中で、小さなリーシャンの幻影が間延びした口調でしゃべっている。

 真たちは俺を追って蒼雪峰に来ようとしているらしいが、雪山登山の準備で手間取っているらしい。

 灼熱地獄あたりの魔族は弱かったから、是非あの辺りでのんびりしていて欲しいところだ。

 

『じゃーまた連絡するねー』

 

 リーシャンはバイバイと小さな手を振って消えた。かわいい。

 連絡が終わって、俺は金色の石を左手首に戻した。

 

「カナメ殿。本当に吸血鬼の館に踏み込むのか?」

「地元民に聞かないと、縛呪の翁とやらの居場所が分からないだろ」

 

 サナトリスは不安そうだ。

 俺は目の前の斜面に立つ洋館を見上げた。

 洋館の前の庭には、真冬に似合わぬ真っ赤な薔薇が咲き誇っている。何かの魔法が働いているのか、洋館の周囲は雪が途切れていた。黒い三角屋根と、白い壁、赤い薔薇の対比が、まるで絵画のようにも見える。表に面している窓は木製のシャッターが掛かっており、中の様子は伺えなかった。

 深呼吸すると、鷹の模様が掘られた扉を押し開けた。

 

「すみませーん」

「……はーい! ちょっと待って」

 

 予想に反して愛想の良い返事があった。

 俺は驚いてサナトリスと目を見合わせる。

 

「キュー?」

「お前は外で待っててくれ。ごめんな」

 

 メロンはギリギリ扉をくぐれない大きさだ。

 悲しそうにするメロンを外に締め出し、扉の内側に足を踏み出す。

 洋館の中は外より暖かかった。

 コートから雪を払っていると、メイドの恰好をした少女が階段を下りてきた。

 

「あらあら、珍しいお客さんだこと! カミーリア様が帰ってきたのが呼び水になったのかしら」

「カミーリア?」

「こっちのこと。こんな雪しかない山に、いったい何の用かしら」

 

 ダークブラウンの髪をポニーテールにまとめ、真っ赤な瞳を楽しそうに輝かせた少女は俺たちに問う。黒いスカートに白いエプロンが良く似合っていた。

 俺はこっそり鑑定する。

 

『フレア Lv.532 種族: 魔族 クラス: 薔薇乙女』

 

 種族は魔族と表示されたが、おそらく吸血鬼なのだろう。それよりもクラス「薔薇乙女」が気になる。

 この世界のクラスは結構いい加減で、様々な派生がある上に、多数の人に呼ばれるとそれがクラスとして成立するという謎仕様だ。クラスイコールジョブとは限らない上、複数のクラスを持ち教会で付け外しも可能だ。教会が無い魔界ではどうしているのか知らないが。

 

 俺はフレアに用件を伝えた。

 

「縛呪の翁って奴に会いにきた。頼みたいことがあるんだ」

「おばあちゃんに? でも今は昼寝中だから、いつ目が覚めるか分からないわよ」

 

 フレアは小首をかしげながら答える。

 おばあちゃん? 翁はおじいちゃんのはずだが……きっと聞き間違いだろう。

 それにしても身内だったのか。思ったより早く片が付きそうだな。

 

「じゃあ目が覚めるまで待たせてくれ」

「オッケー。玄関で待たせるのは何だから、客間に案内するね。付いてきて」

 

 フレアの案内に従い、俺たちは土足のまま階段を上り、通路を進む。

 通路は暗く、左右に並んだ蝋燭の明かりは最小限だ。

 まるで何かの祭壇に続く道のようだった。

 通路の先に光が見える。

 そこに出る瞬間、俺はまぶしくて目をつむった。

 再び目を開くと、思いがけない光景が飛び込んできた。

 

「これは……?!」

 

 目の前にそびえるのは、巨大な青い氷壁だ。海の底のように深い青色の氷晶。

 今までの狭い通路が嘘のように、広い自然の空間が広がっている。通路は氷壁の前で手すりの付いたバルコニーに変化していた。氷壁を囲むように左右に続いて、T字路になっている。

 氷壁は厚く、透明な癖に先が見えない。水族館で水槽をのぞきこむようだった。

 中には魚ではなく、人間が泳いでいる。

 いや、閉じ込められている。

 

「人間が……!」

「私たち吸血鬼の備蓄食料よ。氷の中に保存しているの」

 

 この雪と氷しかない蒼雪峰ブルースノーで、生き血を必要とする吸血鬼が里を作っている理由。

 それは獲物を天然の冷凍庫に閉じ込めるためだったのだろう。

 俺は衝撃を表情に出さないように気を付けていたが、氷壁の一か所を見て声を上げた。

 

「大地?!」

 

 そこには異世界に落ちてきてから一緒に旅をした仲間、人間の魔法戦士の大地が、間抜けな笑顔のままで氷に閉じ込められていた。

 

「知り合い? カミーリア様が連れてきたと思ったら、氷に放り込んでいたけど」

 

 フレアが邪気のない口調で言う。

 俺は拳をにぎりしめた。

 

「……そのカミーリア様とやらに、先に会わせてくれ」

 

 どうしてこんなことをしたんだ、椿。

 

 

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