第四部 星巡再会

95 君にもらった温もり

 俺は真たちとかちあわないよう気を付けながら、灼熱地獄を出た。

 

「残念だ。結局、カナメ殿のせいで、ちっとも修行できなかった」

「悪かったって」

 

 サナトリスは、闘技大会で修行するつもりだったから、俺が決勝戦で使った魔法で灼熱地獄が変わってしまったことを残念がっていた。

 

「まだ、俺に付いてくるのか? 蒼雪峰に寄った後は人間界に帰る予定だけど」

「人間界か。どんなところか楽しみだな!」

「その前に雪山に行くんだが、そんな薄着で大丈夫か?」

 

 サナトリスは砂漠で出会った時と同じ、露出度が高い水着に近い服装の上に、皮のコートを羽織っていた。

 俺とはいえば、アダマスから転送で取り寄せた冬用コートの下に毛糸のセーターを着込んでいる。

 

「平気だぞ。砂漠も夜になれば気温が下がる」

「氷点下にはならんだろ……」

「ひょうてんか? よく分からないが、我々蜥蜴族には、鱗があるからな。いざとなれば冬眠できる」

「冬眠?! 逆に困るわ!」

 

 蜥蜴族は変温動物だった。

 雪の中で寝られたら困るので、俺は急遽、魔法アイテムを自作した。小さな石に火の魔法を込めて、布に包んだ簡易カイロだ。いくつか作ってサナトリスに渡した。

 ちょうど灼熱地獄から出て、気温が低い地域を通っているところだった。

 サナトリスは眠そうになっていたが、何とか間に合った。

 

「キューキュー!」

「メロンお前、冬毛になったんだな……」

 

 環境適応なのか、元ウサギギツネで今は巨大化して騎乗モンスターになったメロンは、毛が生えかわって白くなった。

 さわると下に細かい毛が密集しているのが分かる。

 すっかり準備万端だ。

 

 俺たちはメロンに乗って凍りついた賽河原アケロンを横断し、雪に覆われた蒼雪峰ブルースノーへ向かった。

 初めて見る雪に、サナトリスは興奮している。

 

「水が固まったものなのに柔らかいとは!」

 

 俺は何となくで地球の知識を披露した。

 

「目に見えるか見えないか程度の、小さい氷の結晶が積み重なったものが雪。氷との違いは通気性があるかないか、だな」

「?……カナメ殿は難しいことを知っているのだな」

 

 サナトリスはきょとんとしている。

 科学などの知識がない異世界の魔族は、解説しがいのない相手だ。そもそも異世界にこの手の理屈が通用するのだろうか。レベルやステータスがポップアップする仕組みもよく分からない。

 俺の困惑をよそに、サナトリスは周囲の雪景色を見回して言った。

 

「とても美しい景色だが、生き物には厳しい環境のようだ。こんな場所で、吸血鬼たちはどうやって生き延びているのだろうな」

「吸血鬼?」

「蒼雪峰は、吸血鬼の里があることで有名だ」

 

 今度は俺が教わる番のようだ。

 吸血鬼といえば、魔族の中でも血液を主食にする、人間に似た姿の種族だったはず。最近、仲間になった椿がそうだが、異世界の彼女の姿をそういえば見たことがない。

 

「吸血鬼は血の気の多い連中じゃないよな? 無駄に戦いたくはないんだが」

「大丈夫だと思うぞ。吸血鬼は、理性的で狡猾な種族だ」

 

 いきなり襲われる、ということは無いらしい。

 

「カナメ殿、手が赤くなっているぞ。防御魔法は寒さを防げないのか」

「防げないことはないけど……うっかりしてた」

 

 メロンの手綱を握るために外に出している素手が、寒さにかじかんでいる。サナトリスに指摘されるまで違和感に気付かなかった。

 

「カナメ殿は自身の痛みに鈍感なのだな。我々魔族は厳しい環境を生き抜くために自分を優先する。カナメ殿のように他人を優先するのは、弱い人間くらいだ」

「だから俺は人間だっつーのに」

 

 水氷属性の攻撃の威力を半減する防御魔法を応用し、火炎魔法で暖かい空気を作って自分の周囲だけ暖房する。温度差で雨が降ったりしたが、何とか良い感じに調整できた。さすが俺。

 異世界でも珍しい純白の雪景色は、俺の中の思い出を刺激したらしい。

 その夜、地球でいた頃の夢を見た。

 

 

 

 

 両親が失踪して母方の兄夫婦に引き取られた俺だが、非の打ち所のない良い子に振る舞ったので可愛がられた。

 しかし数年後、夫妻に子供ができた。

 俺にとっても可愛い妹だ。

 慣れない育児に戸惑う義理の両親をサポートして、買い出しに出掛けたりもした。

 

「さみぃ」

 

 ネギの頭が突き出た買い物袋を手に、寒空を見上げて俺は嘆息する。

 おりしも雪がチラホラ舞い始めた。

 12月に入ろうかという季節で秋の服装は寒い。

 だがドタバタしている義理の母親を責めるのは酷というものだ。

 くしゅん、とくしゃみをして鼻をすすっていると、肩にふわりとマフラーが掛けられた。

 

「か~なめた~ん!」

 

 明るい色の髪をショートボブにした少女が、チェシャ猫のように笑っている。引き締まった手足に小柄な体格、猫のように身軽に動けそうな子だ。

 実際、猫のような忍び足で俺の背後に立ったのだろう。大したものだ。

 首もとを覆う暖かな感覚は、少女がマフラーを俺に寄越したおかげらしい。

 

「ここで会ったが百年目! 部室の主が誰であるか思い知らせてやります。さあ、勝負するのです!」

「いきなり何?……お前このマフラーは?」

「首を絞めるために用意した、私お手製のマフラーです! 暖かいでしょう?!」

「あ、ああ」

 

 照れ隠しなのか早口の少女に気圧されて、俺は思わず頷いた。

 少女は安堵したように頬を緩ませる。

 

「さあ、勝負を決めましょう!」

「具体的には?」

「ジャンケンはどうでしょう」

 

 少女はファイティングポーズを取りながら提案する。

 殴りかかると見せかけて、ジャンケンとか。

 俺はくすりと笑った。

 

「平和的で良いな。で、俺が勝ったら何をしてくれるんだ」

「握手をしてあげます」

「なんだそりゃ」

 

 少女の支離滅裂な物言いに笑っているうちに、俺は寒さを忘れていた。

 賑やかな少女が去っていった後、マフラーを返し忘れたことに気付いた。送られた温もりは、長い間、俺の首もとに居座っていた。

 

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