80 解放された災厄
サナトリスに人魚姫の涙について聞いてみた。
「人魚姫の涙? コリドーから聞いたのか?」
「まあな……」
俺は曖昧に頷く。
人を騙す時は下手に嘘をつかず、本当の事を織り交ぜた方がいいと、昔、真が言っていた。
だからコリドーから聞いたことは隠さなかったし、人魚の涙に興味があることも素直に告げる。自身の呪いの解除に使いたいということは、さすがに伏せたが。
「確かに、人魚の涙という宝石は、我が里にある」
「本当か?!」
サナトリスはあっさり答えた。
「だが、あれは動かす訳にはいかん。この付近の地下に人魚族の墓地があり、人魚姫の涙は怨霊と化した人魚たちの鎮魂に使われているからだ」
「地下に墓地があるのか」
人魚姫と人間の男の一件で巻き添えになって死んだ、大勢の人魚たち。
その無念の想いを鎮めるために、人魚姫の涙を使っているのだと、サナトリスは言った。
「コリドーは阿呆だから、後先考えずに目的の宝石を持っていきそうだが、カナメ殿は違うだろう? この話はコリドーには内密に頼む」
サナトリスは唇の前に指を立てて、秘密だと告げる。
俺は「分かった」と了承して頷いた。
解呪に使えるかと思ったんだけどな……そんな風に説明されたら、勝手に持って行ったりできないじゃないか。残念だ。
「しかし人魚姫はなぜ、人間の男などに恋をしたのだろうな。我が身を滅ぼすと分かっていただろうに。誰かを好きになって、そのために家族も友人も犠牲にするなど、理解できん」
「……」
サナトリスの呟きに、俺は頭痛を覚え、こめかみを押さえる。
誰かを好きになることは尊いことだと、昔の俺は思っていた。
しかし今は胸の中から火が消えたように、心にぽっかり穴が空いている。
どこからか、女性のすすり泣く声が聞こえた。
後悔している。こんなことになるなら、愛さねば良かった、と。
サナトリスから聞いた人魚姫の涙のありかについて、コリドーには教えなかった。
馬鹿が人魚姫の涙に手を出して、人魚の怨念が暴走したら面倒なことになる。
面倒は願い下げだ。
「今日は、泥団子の作り方を教えるぞー」
「はい! カナメ先生! それってなんの役に立つの?」
「食卓に乗せると母親に怒られる」
「うわー!」
子供たちは「母さんを驚かせるって楽しそう」と大フィーバーだ。
最近、コリドーはすっかりいじけてしまって、子供たちに魔法を教えるのを諦めたらしい。
姿を見かけなくなった。
「カナメ殿、ありがとう」
「いきなり何? 俺は役に立たない魔法しか教えてないけど」
サナトリスが泥団子作りの現場にわざわざやってきて礼を言ったので、俺はびっくりした。
泥団子、食ってみるか?
「ちゃんと、大地属性と水氷属性の魔法を教えてくれているじゃないか。穴掘りも、泥団子作りも、魔法のコントロールを覚えるのに、ちょうどいい」
「……」
俺は返答に困って、泥団子をこねた。
魔族に攻撃魔法を教えると敵になった時に困るとか、そんな思惑もあったので、真面目に礼を言われると後ろめたい。だけど確かに、魔法のコントロールについて教えていたのは確かだ。
「……! なんだ、地震か?」
突然、地面が大きく揺れる。
オアシスを取り巻く砂漠に蜃気楼が揺らめいた。
砂嵐の向こうに、巨大な亀のような影が見える。
「はーっはっはっは!」
「コリドー?!」
蜥蜴族の里の前で高笑いするダークエルフの男。
「私は災厄の谷から、Lv.1500の
どしん、どしんと地響きが近づいてくる。
里のどんな建物も一足で踏みつぶせそうな、巨大な亀のモンスターの全容が見えてきた。
『エンシェントタートル Lv.1505』
蜥蜴族たちは
コリドーの奴、要求が通らないからって、無茶苦茶だろ!
「コリドーに人魚姫の涙を渡しても、人魚の怨霊で里は滅ぼされる。どちらを選んでも滅びが待ち受けているなら、私は戦う!」
サナトリスは槍を構えて叫んだ。
「はっ! 大人しく投降するなら、サナトリス、君は私の愛人にしてやろうと思っていたのに」
「ほざけ! 私はなよっちいダークエルフの男は大嫌いだ!」
コリドーの顔が引きつる。
何もかも思い通りにいかなかった腹いせに、子供のように地団駄を踏んだ。
「ええい、こうなったら蜥蜴族の里を滅ぼし、跡地を調査して人魚姫の涙を手に入れるとしよう!」
エンシェントタートルが、ドシン、と里の前の地面に足を踏み下ろす。
突然スボっと、前足が砂漠の中にはまりこみ、エンシェントタートルは動かなくなった。
落とし穴にはまったような……まさか?!
『……恨めしい。恨めしい』
エンシェントタートルの足元から、黒い煙が沸いてでる。
人魚の怨霊だ。
怨霊は呆気にとられているコリドーを取り囲んだ。
「ひ、ひいぃっ」
『欲にまみれた男は許さぬ。死ね』
「やめろおおおっっ!」
俺は近くの子供の目をふさいだ。
教育に良くないシーンだ。
怨霊に喰われたコリドーの断末魔が響き渡る。
「墓地を荒らされた人魚の霊が怒っている。この里は、もう終わりだ」
サナトリスが途方にくれた表情で槍の穂先を揺らした。
エンシェントタートルはもがきながら立ち上がろうとしており、地震が起きる度にオアシスに大量の砂が降る。テントが砂に埋もれていく。
解放された怨霊が空を覆い、辺りは暗くなった。
「どこにも、逃げ場はない」
絶望したサナトリスが、砂の上に膝をつく。
「族長として一人で生きてきた……誰かを好きになる気持ちも知らないまま、死んでいくのか」
俺は言葉もなくサナトリスを見下ろした。
どうしようか迷っている俺の袖を、近くの子供がちょんちょんと引く。
「カナメ先生。サナトリス族長を、助けてあげてよ」
「俺は……」
「カナメ先生なら、何とかできるでしょ!」
必死な表情で俺に願う子供。
俺はギリっと拳をにぎりしめる。
こんな風に、誰かの願いに応えて、千年間ずっと頑張ってきた気がする。
だれのために?
冷たい水のような女性の声が「忘れなさい」とささやく。
愛や恋なんて夢幻に過ぎない、と。
「……黙れ!」
「カナメ殿?」
俺はかぶりを振って、幻の声を追い払った。
誰かの温もりが、握りしめた俺の拳にそっと触れる。
――大好きだよ。枢たんは、私が守るから
記憶になくても、俺は知っている。
誰かを想う気持ちは、こんなにも温かい。信じる人がいてくれれば、千年だって頑張ることができる。
「――
かかげた手の前に、白銀の光が灯り、先端に青い結晶が付いた杖が現れる。
神器・聖晶神の杖。
「それは……!」
俺が取り出した杖が普通のアイテムではないことに気付いたのか、サナトリスが目を丸くする。
杖の先から煌々と光が放たれる。
暗闇の中、俺を中心に光の柱が立った。
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