81 災い転じて福となる?

大結界グランドシールド!」

 

 襲い掛かってきた怨霊の群れは、間一髪で俺が里全体に張った結界にはじかれる。

 俺は足踏みしているエンシェントタートルを睨みながら、顔だけ後ろに向けて、呆然としているサナトリスに叫んだ。

 

「俺が食い止めている間に、子供を連れて逃げろ!」

「む、無理だ! 逃げる場所なんて、もうどこにも……」

「諦めるな!」

 

 絶望に暮れている彼女を叱咤する。

 サナトリスは驚愕した表情で俺を見た。

 

「怨霊は俺が何とかしてやるよ」

 

 人魚の怨霊は大結界を恐れるように、距離を置いてグルグル飛び回っている。

 怨霊をまとめてやっつける魔法は……あれか。

 詠唱が恥ずかしいから、あんまり使いたくなかったんだけどな。

 俺は杖をかかげて叫ぶ。

 

「聖晶神の名の元に命じる! 実体なき虚ろな魂たちよ、この場から退去しろ!」

 

 神聖魔法・強制浄化ピュリファイ

 昔、時の神クロノアは俺に教えてくれた。神聖魔法とは、属性魔法と別の原理で世界の運用規則システムに働きかける、権威魔法オーソリティなのだと。

 俺の神としての権限で、存在が不安定な怨霊たちを一斉退去させる。

 

 くおおぉ、と怨霊たちは悲しそうに鳴いた。

 怨霊たちは次々に空中へ溶けるように消えていく。

 雪の欠片のような残滓が、ハラハラと俺の周囲に散った。

 

「すごい……」

 

 サナトリスは、我に返ったようにまくし立てた。


「神だと? やはり、お前は人間じゃないじゃないか!」

 

 だからこの魔法は使いたくなかったんだよ。

 

「うっせーな。俺が本当に神様なら、不敬罪で天罰下してるところだぞ」


 こんなゲームのような世界で与えられた称号など、本気にするのは馬鹿げてる。

 だいたい神様の称号を持ってたからって、何でもできる訳じゃないしな。

 

『……聖晶神。こんな魔界の奥で、その名を聞くことになろうとは』

 

 その時、くぐもった爺さんの声がした。

 誰がしゃべったんだ。

 疑問に思っていると、子供が無邪気に前方を指差した。

 

「亀さんがしゃべってるー」

 

 何だって?

 俺は馬鹿でかい亀もといエンシェントタートルを見上げた。

 ついさっきまで、地下空洞に足を踏み込んでバタバタしていた亀だが、今は動きを止めて俺たちを見下ろしている。

 

『噂によれば、神聖境界線とやらを作って、人間を守っている神がいるらしいが、そなたがそうか?』

 

 しゃべっているのは亀で間違いなさそうだ。

 災厄魔ディザスターはモンスターの癖に、人間並の知性を持っているのだろうか。

 俺は肩の力を抜いた。

 人の言葉を話せるなら、交渉の余地がある。

 

「俺に聞いてるのか? 確かに神聖境界線を作るのに協力したけど、俺は神様じゃないってば」

 

 一方的に神様と呼ばれて、仕方なく神様業をやっていただけだ。弁解したかったけど何せ物言わぬ石だったから、リーシャンや神官たちに説明できなかったんだよ。話せるなら「魂だけで迷いこんだ異世界の人間です」と言っていた。

 いや、今はそんなこと言ってる場合じゃない。

 

「おい、お前のでかい図体で里の前に居座られると邪魔なんだよ。用がないんだったら、災厄の谷へ帰れ」

「カナメ殿、もっとオブラートに包んで言った方が……相手はLv.1500の災厄魔だぞ。怒らせてしまったら、いくらカナメ殿でも……」

 

 サナトリスが遠慮がちに俺をたしなめた。

 えぇ? 相手は耳の遠い爺さんだから、はっきり言った方がよくないか。

 

『うむ。帰って、谷底の温泉でゆっくり寝たいのは山々なんじゃが、動けん』

「は?」

『足がハマってしまって動かせん』

「はああ?!」

 

 困ったように言う亀。

 いや、困ってるのはこっちだって。

 

『ここに来れば、トカゲが食べ放題だと聞いたんだがのぅ……』

「爺さん、騙されたんだよ」

『やっぱりそうかのぅ。それにしても、この辺は乾燥していて、甲羅が干からびるのぅ』

 

 俺は腕組みして考えた。

 人魚の墓地があった地下空洞は、エンシェントタートルが踏み抜いたせいで半壊していると思われる。これ以上、エンシェントタートルが動くと、また追加の怨霊が出てきてしまう。

 結論。亀にはじっとしてもらった方がいい。

 

「カナメ殿、どうするつもりだ?」

「そうだな。このままでいいんじゃないか」

「え?!」

『ふぉ?』

 

 俺が結論を述べると、サナトリスと亀から驚きの声が上がった。

 ハモってるぞお前ら。

 

「爺さん、温泉なら俺が用意してやるから、ここで寝ろよ。サナトリス、動かなければエンシェントタートルは只の山だ、山」

「動いたら大変だろう?!」

「だから動かないように爺さんに頼んで、共存すれば良いだろ。蜥蜴族はLv.1500の門番を手に入れて、爺さんはここで食っちゃねできる。Win-Winだな!」

 

 俺が笑顔で言うと、サナトリスと亀は声を合わせて「無茶苦茶な解決方法だ!」と叫んだ。

 一石二鳥だと思うんだけどな。

 

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