67 大聖堂の夜

「永治さまの次に、格好良い男ね! 二番目よ!」

 

 失礼な格付けをしてんじゃねえ。

 俺はうっとり見つめてくる七瀬を、川の下流に放った。

 

「椿、押し流せ」

「ええ、もちろんよ!」

 

 力強く頷いた椿が水属性の魔法を使うと、滝のように水が降ってきて、七瀬は魔物の群れもろとも流されていった。

 

「覚えてなさいよーっ!」

 

 ありきたりな捨て台詞を残して。

 俺は自分の周囲だけ結界を張って波をしのぎながら、涼しい顔で彼女を見送った。もう二度と来んなよ。

 

「それにしても、街の前に大きなクレーターができちまったな」

 

 邪神ダゴンを倒すのに派手な魔法を使ったせいで、でかい円形の穴が空いてしまっている。

 

「湖ができて良いじゃないですか!」

「心菜……それはちょっと無理やりじゃないか」

 

 いつの間にか俺の隣にやってきて言う心菜。

 水が溜まって魚が住むようになれば景観も良くなる、らしいが。

 後日、恐ろしいことに心菜と同じような事を言ったグリゴリ司教によって、この人工湖は新たなアダマスの観光スポットになる事を、この時の俺には知る由もなかった。

 

 

 

 

 アダマス王都の危機は去った。

 だが、まだ神聖境界線ホーリーラインの一部は崩されたままだ。

 あの手この手で引き留めてくる神官たちを振り切って、俺は仲間たちと共に旅立つことにした。

 新しい杖も手に入ったことだしな。

 

「その杖はカナメさんのために作ったので、持って行ってください!」

「いや、料金は大聖堂が払うんだから、きちんと納品しろよ……」

 

 杖職人グレンは、俺をイメージして杖を作ったという。

 本来、聖晶神にささげるため、大聖堂に飾られるはずの杖だ。

 俺=聖晶神なのだから、実質問題ないとはいえ、世間的にはどうなのだろうか。

 

「問題ありませんぞ」

 

 ほっほっ、とホイップクリーム、もといグリゴリ司教は福笑いしながら太鼓判を押した。

 大聖堂は納品されたことにしてくれるらしい。

 

「ところでカナメさまは、杖を持ち歩きされるのですかな?」

「目立つし邪魔だから、やっぱり大聖堂に置いていくわ。必要な時だけ召喚すればいいし」

 

 もうひとつの俺の体、クリスタルが光るよう魔法を仕掛け、大聖堂の壁に聖晶神の杖を設置すれば、留守の間の見栄えは整ったも同然。

 

「奇跡については、お前ら、もうちょい修行して俺の代わりが務まるようにしろよ」

「!! 仰る通りですね。精進いたします!」

 

 レフを初めとする神官たちは、俺の言葉に背筋を伸ばした。

 いつまでも神様がお守りしなきゃいけない国じゃ、困るからな。

 

「いつでも帰ってきてくださいね、カナメさま。居心地よくなるように、風呂を整備したり、ふかふかのクッションやココナさまの猫用品を追加いたしますから」

「だから心菜は猫じゃないって……」

 

 

 

 

 準備を整え、旅立つ前の晩。

 俺は寝台を抜け出してクリスタルの間に忍び込んだ。

 魔法を掛けたせいで中身無しでも、ぼんやり薄く光っている青いクリスタル。

 祭壇に腰かけて、広間をゆったり眺め渡す。

 天窓から射し込む月光が、紺色の絨毯に縫い付けられた真珠を輝かせている。

 広間は、無数の星座が光る夜空をイメージしたデザインだった。

 

 ここで千年近くの時を過ごしたんだ。

 苦しいことも悲しいことも沢山あった。

 長い歴史の中で、この広間で血が流れたこともある。

 それでもアダマスの国民と二人三脚でここまでやってきたのだ。

 

「……枢たん」

「心菜、寝てなかったのか」

 

 広間の扉を静かに開けて、心菜が顔をのぞかせる。

 彼女は遠慮がちに俺を見ている。

 

「大丈夫、来いよ」

 

 手招きすると、彼女はおそるおそる俺の隣にやってきて、ちょこんと体育座りをした。

 

「この国からのあちこちに、枢たんの匂いがします」

「匂い?」

「幸せな匂いです。あったかくて、ふわふわします。心菜は、異世界の枢たんを知っているアダマスの人たちが、ちょっとうらやましいです」

 

 俺は苦笑して、心菜の栗色の髪をぽんぽんと撫でた。

 

「そんなの、俺だって同じだ。お前が異世界でつらい思いをしていたなら、助けてやりたかった」

 

 異世界で独身をつらぬいたという心菜。

 いったいどんな思いで俺のいない世界を過ごしていたのだろう。

 

「まだ、間に合いますよね。これからずっと、どんな時も、心菜は枢たんと一緒にいたいです」

 

 それは、まるで結婚式の誓いの言葉のようだった。

 俺は自然と手を伸ばし、月明りの下で彼女に口づけしていた。

  

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