66 異世界アイドルとストーカー

 まばたきする一瞬の間に、王都を囲む結界を再構成する。外からの音は通さない防音性能を付加して。

 自分の周りにも防音結界を張った。

 はー。これで歌が聞こえなくなったぞ。

 

 皆が耳をふさいでうずくまっている中、気持ちよく歌を唄っている七瀬へと、壁から跳躍して大股で歩み寄った。

 

「ふふっ、私の歌が素晴らしすぎて、皆、言葉もないようね!」

「……ってか、うるさいよ」

 

 俺は新しい聖晶神の杖で、七瀬の後頭部を殴り倒した。

 

「いったーっ!」

 

 頭を抱える七瀬の前に仁王立ちする。

 歌が止まったので、自分の防音結界は解除した。声が聞こえなくなるからな。

 ビシッと川の下流を指さして言う。

 

「迷惑だ! 魔界へ帰れ!!」

「嫌に決まってるじゃないっ、あなた地味男の癖に生意気よ! というか、誰?!」

 

 なんてことだ。敵の本拠地に乗り込んで来た癖に、俺の顔を知らないとは。

 

「……お前、アダマスに何しにきたんだ?」

「歌を唄いに来たに決まってるじゃない! あと、守護神のアダマントとかいう奴の顔を見に来たのよ。そういえば、これだけ騒がしくしたのに、それらしい奴が出て来ないわね……」

 

 目の前にいるよ。

 あと騒がしい自覚があったのか。

 

「とにかく帰れ……」

「枢さん、あそこを見てください!」

「どうしたんだ、大地?」

 

 七瀬の首根っこをつまんで川の中に捨てようとしていたところ、大地が叫んだ。

 大地の視線の先を振り返ると、川の水面がボコボコ泡立って、イルカやヒトデの魔物たちが浮足だっていた。七瀬もポカンとしているところを見ると、彼女も知らない何かが起こっているらしい。

 

 ザパーン!!

  

 突如、川に水柱が立った。

 飛び散った水滴が霧雨のように俺たちの上に降り注ぐ。

 もやの中から現れたのは、赤黒い巨体に吸盤付き触手をにょろめかせた、タコみたいな魔物だった。

 

『邪神ダゴン Lv.999』

 

 敵は七瀬だけじゃなかったのかよっ?!

 

『ナナセちゃあーん! 追いかけてきちゃったよぅ』

 

 触手の先からハートを飛ばすタコ、もとい邪神ダゴン。

 

「ふっ、異世界アイドルたるもの、ストーカーがいるのは当然のこと。私の人気に比例してオタク度もMAXね!」

 

 なぜか七瀬は髪の毛をふぁさっとかきあげて、自慢げに言う。

 

『海底にひきこもって千年……ナナセちゃんを見たくて地上に出てきちゃったよん』

 

 聞いてもいないのに説明を付加する邪神ダゴン。

 もはやどこから突っ込んだら良いか分からない。

 呆然としていた俺たちの中で、いちはやく我に返ったのは椿だった。

 彼女は氷の鞭で、余波で飛んできたハートを叩き返しながら叫ぶ。

 

「あーら、いいじゃない素敵なファンね! そのまま海底に連れ帰ってもらいなさいな!」

『いいのかい?! ここで海底への扉を開けちゃうよ?!』

 

 邪神ダゴンの足元から黒い水があふれだしたので、俺は慌てた。

 

「こんな街の近くで、穴を空けるんじゃない!」

 

 どいつもこいつも、ひとの迷惑を考えやがれ。

 

「いーやー! さらわれるー!」

 

 触手に巻き付かれた七瀬が悲鳴を上げる。

 

「助けてっ、栄治さま!」

 

 当然、黒崎の奴が聞いている訳がない。

 七瀬はずるずると邪神ダゴンに引き寄せられた。

 イルカやヒトデの魔物たちが、びたんびたん跳ねて邪神ダゴンに体当たりしているが、欠片も効いている気配がない。涙ぐましい光景だ。

 

「大変なことになってるねー」

「リーシャン」

 

 小型化している竜神リーシャンが、俺の頭上に舞い降りた。

 

「どうするの、カナメ?」

「異世界アイドルは連れ帰ってもらって構わないが、アダマスに海底への穴を空けられるのは非常に困る。あの邪神、ここで仕留める」

「手伝おうか?」

「いいよ、うちの国の問題だし。それに今なら簡単に倒せるだろ」

 

 陸に上がった魚だもんねー、とリーシャン。

 いくらレベル上限に達している邪神だろうと、棲み処である海底から地上に出てきている以上、相当に弱体化している。海底なら無敵だっただろうが……リーシャンの言う通り、陸に上がった魚だ。

 俺は杖を構えて詠唱を始めた。

 

「熾天使の炎、氷晶の銀狼の足跡、金剛石に秘められし叡智――」

 

 各属性の最強魔法を集約した、手持ちで最も威力の高い魔法を行使する。

 邪神ダゴンの上空に巨大な魔法陣が浮かび、詠唱が進むごとに、円の外縁に沿って魔法の光が次々と灯った。光のひとつひとつが、必殺の威力を持つ各属性の魔法なのだ。

 ゆっくり回転しながら完成していく魔法陣。

 魔法陣から走った銀の雷が、ダゴンの動きを止める。

 

『ヒョアーッ、海底への扉を開いている最中で、魔法の中断も回避もできない! しまったっ!』 

 

 邪神ダゴンは、七瀬に夢中で敵を警戒するのを失念していたらしい。

 俺の魔法に囚われたまま身動きできないようだ。

 順調に邪神ダゴンを滅することができそうである。

 あ、このままだと七瀬を巻き込むぞ。

 別にいいか……?

 いや、タコと女の子をまとめて消し去ったら、さすがに良心が痛む。

 

 俺は完成寸前で呪文の詠唱を止めると、跳躍して邪神ダゴンに接近した。

 聖晶神の杖を一閃して触手を薙ぎ払う。

 落ちてきた七瀬の首根っこをつかむと、川の向こう側に着地した。

 

「――全ての答えは此処に。おれは世界を書き換える」

 

 着地直後に呪文の結句を締める。

 途端に空中に浮かぶ魔法陣から眩しい光があふれ、邪神ダゴンを包み込んだ。

 

『ウオオオオオォォォ!!』

 

 邪神ダゴンの絶命の声が響き渡る。

 爆風が俺たちの体を撫でて通り過ぎた。

 光が止んだ後には、ぽっかり地面に大きな穴が空いているばかりだ。

 七瀬が目を丸くして、俺を見上げた。

 

「かっこいい……」

 

 おい、現金過ぎないか。

 

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