65 壁上の攻防戦
「あれ? 椿と大地はどこに行ったんだ?」
仲間たちに声を掛けようと、皆の泊まっている部屋に戻った俺を出迎えたのは、真と心菜と夜鳥の三人だけだった。
真が笑いをこらえながら答える。
「私より目立つ女は許せないのよ! と叫んだ椿ちゃんが出ていって、大地が情けない顔をして追いかけてったよ。なんだろうな、あの二人。超笑えるわー」
いったい何が起きてたんだ。
心菜が俺の顔を見て、日本刀を召喚する。
「出陣ですね? 殿!」
「いやそうなんだけどさ、お前テンション高すぎるよ」
鼻息荒い心菜にちょっと引く。
夜鳥はお腹を抱えてベッドにうずくまっている。
「悪い。今日ちょっと調子が……」
顔色が悪い。体調が良くないのだろうか。
「夜鳥さんはあの日ですね!」
心菜が人差し指を立てて言った。
俺は、彼女の人差し指を手のひらで包んで折りながら言い聞かせる。
「それ以上、言うなよ心菜。男の俺らは知ってはいけないことがあるんだ」
「えぇ?」
体調不良の夜鳥を置いて、大聖堂を出た。
「街の人が避難してるなー」
真が通りを見回して呟く。
商店や屋台は片付けて、建物の中に引っ込もうとする人たちの姿が目立つ。
俺の指示は問題なく行き渡っているらしい。
「……街の外に急ごう」
人が少ない通りを早足で進み、街を囲む高い壁に近付く。
灰色の石を積み重ねた分厚い壁の上は通路になっていて、一定の間隔で建てられた物見の塔とつながっていた。
塔の下に、壁に登るための通用口がある。
通用口の前で兵士と立ち話をしていた神官が、俺を見て頭を下げた。
「通してもらっていいか」
「どうぞ」
神官が手配してくれたのか、
高い壁の上なので、街の様子と、街の外に広がる森や川が一望できた。
「あれは……!」
「椿と大地のやつ、何やってんだ?」
予想通り、魔物の群れはアダマス王都に入る手前で結界に阻まれて立ち往生している。
そして椿は川の水を凍らせて、お立ち台を作り、魔物の群れを見下ろしていた。
「七瀬! あなた、私よりも目立とうなんて百年早いのよ!」
「嫉妬はみっともないわよ椿。だいたい、そんなところで何してるの? いえ言わなくても分かるわ。どうせ永治さまに見捨てられて、腹いせに私の邪魔をしようとしてるんでしょ」
「なんですって?!」
椿の氷の魔法と、敵の女の子の雷の魔法が派手にぶつかり合う。
俺たちは魔物の群れと一緒にぽかーんとその光景を眺めた。
ちなみに大地は椿の後ろで「落ち着いて椿ちゃん」とおろおろしている。全然なんの役にも立ってない。
「女同士の喧嘩って、割って入りにくいよな」
「大義が見えないでござる」
「心菜、その侍口調はいつまで続くんだ?」
戦う前から疲労を感じつつ、魔物の群れの近くまで、壁の上を歩いた。
真が敵の女の子を指差して説明する。
「あの女の子は、千原七瀬。黒崎の部下で、異世界スーパーアイドルを名乗る、ちょっと危ない子だよ。まあ鏡をのぞきこんでブツブツ言う椿ちゃんも相当不気味だけどね!」
「あいつ、危ない女とばっか付き合ってるんだな」
「枢っちに人のことが言える?」
レモンイエローの派手なドレスを着た敵の少女は、七瀬というらしい。真の説明のおかげで大体状況が分かった。
ついでに余計なことを言う真を軽く殴っておく。
七瀬と椿は、魔法攻撃と、ののしりあう口撃をぶつけあっていた。
余波で地形が変わりそうだから、そろそろ止めて欲しい。
「おい、」
俺は「喧嘩はよそでやってくれ」と彼女たちに声を掛けようとした。
途端にすごい形相をした椿と七瀬からシャットアウトされる。
「「地味男は黙ってなさい!」」
えぇ?
「ドンマイ、枢っち」
「もう帰っていいか……?」
俺はしゃがんで地面にのの字を書いた。
「てやっ!」
心菜が刀を抜いて、二人の間に飛び交う魔法を一刀両断した。
「争いは止めなさい!」
おお、格好いいぞ、心菜!
「こんなところで揉めてないで、好きなら好きと黒崎くんに直接告白すれば良いじゃないですか!」
「……っ。部外者が分かった口を」
七瀬が眉をきりきり吊り上げた。
「私はアダマスを攻略する! その成果を引っ提げて、堂々と魔界に凱旋するのよ! そうしたら永治さまも私を見て下さる」
自分の本来の目的を思い出したらしい。
彼女は真剣な表情で、アダマスの街並みをにらんだ。
「私の歌を聞きなさーいっ!」
キーンと金属音が鳴り響き、俺たちは思わず耳を押さえた。
魔物がヒレをこすり合わせたり、水しぶきを上げて音を出し始める。
聞いたことのない音楽と共に七瀬が歌を唄い始めた。
結界がビリビリと震える。
「まずいぞ……!」
王都を囲む結界は、物理と一般魔法は問題なく防ぐが、音楽などの特殊な魔法は防ぎきれない。
これじゃ歌を聞いた街の人に被害が出る。
必死に考えを巡らせる俺の肩を、真がトントンと叩いた。
お互い耳をふさいでるので聞こえないが、ジェスチャーで真が後ろを指差す。
振り返って俺は目を見張った。
「グレンさん……?!」
そこには息たえだえな杖職人のグレンが立っていた。
今にも倒れそうな真っ青な顔色で、手に持った白銀の杖を俺に差し出してくる。
「これを、カナメさんに!」
ナイスタイミングだ。
俺は杖を受け取った。
青い結晶を中心に銀の菱形の飾りを組み合わせた、前と同じようなデザインだが、一点大きく違う点がある。杖に巻き付く白銀の竜が翼を広げ、頂点に居座っていた。リーシャンをイメージしてるのだろうか。
新しい杖から力が流れ込んでくる。
これで単純に結界を強化するだけで済む。
「――
杖で叩いた地面を中心に、足元から銀の光の環が広がった。
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