64 王都に迫る危機
「もうすぐコンサート会場に着くんだわ……!」
アダマス王国の中心部を目指しながら、千原七瀬は興奮していた。
「世界に名だたるアダマスで、私の歌を披露できるなんて、感激☆」
七瀬は今、イルカに乗って川をさかのぼっている。
リボンだらけの派手な蛍光イエローのカクテルドレスが、風をはらんでヒラヒラなびいている。短い裾からは七瀬の形のよいヒップラインがチラ見えしていた。
周囲にはサメやヒトデの魔物が群れをなしている。
魔物たちは七瀬の忠実な配下である。
「聖晶神がなんぼのもんよ! こちとら異世界スーパーアイドル七瀬だよ☆」
黒崎より一足先に、七瀬は地球からこの異世界アニマに戻ってきていた。
海神マナーンを倒すのに手こずったが、その甲斐があって、ようやく聖なるクリスタルの国アダマスを攻略する目処が付いたところだ。
七瀬は、魔族の悲願ともいえる神聖境界線の破壊を一部成し遂げて、気分が高揚していた。
「聖晶神アダマントってどんな奴かしら? 不細工だったら抹殺して、イケメンだったら私の愛人にくわえてあげる」
彼女の目の前には、遠くアダマス王都の街並みが見え始めていた。
アダマス国王マルクは開口一番、俺に言った。
「聖晶神さま、ご帰還を民に知らしめるため盛大なパレードをしましょう!」
「却下」
俺は即座に拒否した。
マルクの隣のアセル王女が呆れた顔をしている。
「お父さま、本気ですか? こんな冴えない男を民の前に連れ出して、我らの神だと納得してもらえると?」
「何を言っているのだアセル。珍しい黒髪に滑らかな象牙色の肌、バランスの取れた体躯、穏やかで寛容で理知的な眼差し、理想の男神さまじゃないか!」
うわっ、鳥肌が立った今。
「ストップ。アセル王女の言う通りだから」
「ですが聖晶神さま」
この会見に真たちを同席させなくて良かった。
俺に対する王様の賛辞を聞かれたら恥ずかしくて死ねる。
気持ちを落ち着かせるため、腕組みして咳払いした。
「……あー、それで川をさかのぼってくる魔物の群れは、どんな感じなんだ?」
「それが……」
話題を変えた俺に、王様が困った顔をする。
「兵士の報告によれば、途中で見送ってしまったと……」
「は?」
「歌を唄う女性の魔族が群れの先頭におり、彼女に見とれている間にさっさと通過していったそうだ」
「なんだそれ」
よく分からないので詳細を聞くと、兵士たちは、何か魔法でも使ったらしい敵の魔族に攻撃できず、まごまごしている内に敵は通りすぎたそうな。
兵士に犠牲者が出ていないのは幸いだが。
「ちょっと今初めて聞きましたよ!」
アセル王女は激おこだ。
「まんまと敵に王都への侵入を許したのですか?!」
「う、うむ。そういうことになるな」
王様は威厳を取り繕うように重々しく頷いているが、もう駄目駄目だ。
「だが今、我々には聖晶神さまが付いている!」
「お父さま! 冷静に、普段のお父さまに戻って、この男をよく見て下さい! 彼は本当に神に見えますか?!」
「ご、後光が、さしているような……?」
「ただの昼の光です!」
アセル王女は俺をバッと指差して、神様には見えないと言う。
国王マルクは「言われてみればそうかも」と膝から崩れ落ちた。
なんだこの茶番は。
というかアセル王女は俺が聖晶神だって信じてないんだな。
まあ別にいいけど。
「……聖晶神さま!」
俺たちが話しているのは大聖堂の一室だ。
警備の騎士の間から、ただごとではない緊張感を持った神官が飛び込んでくる。
「魔物の群れが、王都の前に!」
「王都には入らせねーよ」
あらかじめ仕掛けておいた特製の結界が、奴らの行進を阻んでいるはずだ。
今頃、魔物の群れは立ち往生していることだろう。
「王都の人たちには、ことが終わるまで建物の中に避難して外に出ないように通知してくれ。家のない人や旅人は、大聖堂に避難させても良い」
俺は上座の椅子から立ち上がりながら言う。
神官たちは頷いて、俺の指示を伝えるために動き出す。
アセル王女は、不思議そうに俺の行動を見ている。
「あなたはどうするの? まさか」
「魔物の群れを撃退してくるよ」
今までは大聖堂から動けなくてピンチの時もあったけど、今回は違う。俺は自分の身体で移動して対応できるのだ。動けるって素晴らしい。
心菜や真たちにも協力してもらおう。
「待って!」
部屋を出ようとした俺は、アセル王女の声に引き止められた。
振り返ると混乱した表情の少女と目が合う。
「どうして危険をおかしてまで、アダマスを守って下さるのですか?!」
その問いかけは初めてではなかったけれど、言葉にして回答するのは初めてだった。クリスタルは喋らないからな。
「お前らアダマスの民が俺を守ってくれたからだよ。あと俺にとっても、アダマスは故郷で、自分の国だから」
聖晶神だという青年は、柔らかな笑みを残して去っていった。
アセルは呆然とする。
「アセル……」
「父様」
父親のマルクの手が肩に置かれた。
「大丈夫。あの方はちゃんと聖晶神さまだよ。アセルにも分かっただろう」
「……」
アダマスの国民なら、カナメの言ったことの意味が分かる。
クリスタルと共に生きてきたアダマスの国民なら。
「……悔しいけど、ちょっと格好良いと思いました」
王都に迫る魔物の群れを撃退してくる、と言ってのけたカナメに気負いはなくて、このひとは言葉通りアダマスを守ってくれるのだと感じられた。
その優しい横顔は、アセル王女の知るどんな貴族の男より、頼もしかったのだ。
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