63 風呂を巡る騒動と王女の願いについて

「やめろ、俺は風呂は入らない!」

「まあまあ。ここのお風呂は広くて綺麗ですよ。一緒に行きましょうよ」

 

 夜鳥は昼間は女、夜は男という厄介な体質になってしまったせいで、風呂に苦労していた。

 夕方、性別が変わるタイミングと重なったりするため、皆と一緒に裸になったり風呂に入ったりが難しい。男か女か、どっちで行動するかという話だ。

 

 ちなみに異世界は現代日本と違い、電気でいつでも明るくできる訳ではない。魔法で灯りを作ることはできるものの、一般庶民に魔法使いは少ないので、日が沈んだら寝るという生活習慣のようだった。

 また、日本のように水源豊かな地域ばかりとも限らない。

 風呂は贅沢なもので、旅の途中は水浴びや、魔法で作りだした水にタオルを浸して身体を拭くという毎日だった。

 

 アダマス王国に来てからも、世話になった杖職人グレンの家では、風呂はあまり使っていないらしく物置と化しており、温かいお湯に肩まで浸かることは叶わなかった。

 

 しかし、ここ大聖堂では、神官たちが清潔を保つために大浴場が整備されており、なんと露天風呂もある。作らせたのは俺だが。

 クリスタルの身体で話せないけれど、意思疎通を図るために魔法で物を作ったり色々やったのだ。風呂とか自分は入れないのに、我ながら何を考えてるんだか。

 

「せっかくの機会ですし、お湯に入った方がさっぱりしますよ。今は女性ですし、ささっと女風呂で良いんじゃないですか?」

「だから俺は入らないってば! 放っとけよ!」

 

 心菜が誘うが、夜鳥はかたくなに拒否する。

 気持ちは分からないでもない。

 

「男風呂でも良いんだぜ……ぐはっ!」

 

 下卑た笑みを浮かべて言った大地を、椿が無言で蹴り倒した。

 なんだかんだで馴染んでるな、椿は。

 

「はーい、皆、注目」

 

 真が手を振って、風呂を巡る争いを中断する。

 

「枢っちが大岡裁きを見せてくれるって」

「勝手に俺に丸投げすんなよ」

 

 そのまま俺に採決が投げられた。

 仕方ないな。

 俺は今にもキレそうな夜鳥と、女風呂か男風呂かで盛り上がっていた心菜や大地を見回した。

 

「……夜鳥だけ貸切で先に入ってくれば良いだろ」

 

 これでまるっと解決だ。

 

「「夜鳥さんとお風呂一緒に入りたかったのにー」」

「ハモるな」

 

 心菜と大地の声がそろった。

 お前ら何考えてんだ。夜鳥が引いてるぞ。

 

 

 

 俺はくつろぐ仲間たちから一人離れ、別の部屋に移動した。

 落ち着いたら、神聖境界線ホーリーラインについて話をさせて欲しいと神官たちに頼まれていたのだった。

 会議室のような部屋に案内され、上座の席を勧められた。

 

「魔物の群れは海に現れました。報告では、岸から血を流す海神マナーンのお姿が見えたと……」

「マナーンが重傷?」

 

 巨鯨の姿をした海神マナーンは、神聖境界線を張った七神のうちの一体だ。

 

「心配だねー」

 

 俺の頭の上でリーシャンがバタバタする。

 

「沿岸のコバルト地方に上陸した魔物たちは、川をさかのぼってアダマス中心部を目指しているようです」

 

 卓の上に地図を広げ、神官が説明した。

 

「海と川の神聖境界線が、マナーンが倒れたことで崩れたか。まずいな……」

 

 俺は地図をなぞる。

 川の上に結界を張って通せんぼしたいところだが、川はマナーンの領域だから手を出さない約束だった。

 

「明日、マルク国王が魔物討伐部隊と共に防衛に出発されます」

「国王自ら前線に?」

「魔物は既に国内に入っていますから」

 

 思っていたより深刻な事態らしい。

 

「王様がそんな危険な場所に行くことはない。やっぱり俺たちは明日、旅立つよ」

 

 杖云々で引き止められていたけど、ここでのんびり風呂に入ってる場合じゃない。

 

「いえ! 聖晶神さまは王都に留まってほしいのです。あなたが王国の中心にいて下されば、アダマスは磐石だと信じられます」

「……」

 

 俺は頭をかいた。

 リーシャンが「モテモテだねーカナメー!」と冷やかしてくる。

 

「大丈夫だよ。俺がいなくても、そんな簡単に国が滅びたりしない。初代国王は、永遠に砕けない石のような国を作るっつってただろ」

「!!」

「お前らは自分たちの力で国を守れるよ」

 

 せっかく人間の身体に戻ったのに、クリスタルの時のように大聖堂でじっとしてるなんて嫌だ。何としても出ていってやるぞ。

 そう意思を込めて睨むと、神官たちは納得してくれたようだった。

 

「うう……必ず帰ってきてくださいね、聖晶神さま」

 

 よーし。言質はとったぞ。

 

「という訳で、国王は城にいろって、誰か伝えてくれよ。国内とはいえ、前線に向かうなんてことになったらアセル王女が心配するだろ」

「は、はい!」

 

 神官の一人が、伝令のため慌てて飛び出して行く。

 

「優しいんだー、カナメ。もしかして、それがあの王女さまの願い?」

「まーな」

 

 誰だって家族に危険な場所に行って欲しくないだろう。

 昔、アセル王女がクリスタルの俺に願ったことは、父親の国王が戦争などで危険な場所に行くことが無いように、ということだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る