62 クリスタルに託す願い
あの冴えない優しい感じの青年が、このアダマス王国の守護神なのだという。
アセルは困惑して何を言ったら良いか分からない。
動揺したまま、大聖堂に泊まるというカナメたちと別れ、王宮に帰ってきてすぐ国王である父親に事の次第を報告した。
「グリゴリ司教の言うには、人間に見えるけれど彼がクリスタルに宿る聖なる意思、聖晶神なのだと……」
「えーーっ?! ついに聖晶神さまが現世に降臨されたのか?! それは是非お会いしに行かないと!」
アダマスの国王マルクは超興奮して万歳した。
「と、父様。落ち着いて」
「これが落ち着いていられるかっ! 私の代で聖晶神さまと言葉を交わせるとは、なんて素晴らしい!! 後生にまで語り継がねば! アセル、書記官に命じて一部始終を記させるのだ。聖晶神さまを讃える歌を作らねば! ラララー」
ついに歌い出してしまった。
父親が大フィーバーしたのでアセルは逆に落ち着いた。
「……カナメは、私たちと変わらないように見えるのに」
クリスタルを光らせた以外は普通だったカナメを思い出す。
彼が本当に聖晶神だというならば、アセルが幼い頃にクリスタルに願ったことも、知っているのだろうか。
俺は豪勢な一人部屋を断固として拒否し、普通の人間として扱ってくれるよう、神官たちに頼んだ。
「旅の仲間と泊まれる大部屋でいい、雑魚寝する。それに服とか用意しなくていいから!」
「ですが聖晶神の威光を示すために……」
「この姿で表に出るつもりはないし!」
神官の一人が、金糸の刺繍が入った裾の長い純白のローブを持ってくる。めちゃくちゃ神々しい。
俺は首を横に振って突き返した。
「風呂中に、お背中をお流しします、とかって入ってくるなよ!」
「なぜ分かったのですか?! 神の力ですか?!」
思考を読むスキルなど無くても分かる。
神官たちは俺の世話を焼きたくてウズウズしているようだ。
目が爛々と輝いている。
「枢たんは、心菜のものなのです! 背中もお腹も流させません!」
心菜が前に出て宣言した。
神官たちがどよめく。
「聖晶神さま、彼女はいったい……?」
俺が答える前に、良い笑顔を浮かべた真がすすすと前に出て言った。
「ああ、この子は、枢っちのペットだから」
「ペット?!」
ちょっ、何言ってんだ真!
「そ、そう言われると、猫のような雰囲気の少女だ」
神官たちは心菜を凝視する。
「聖晶神さまは大聖堂の中に、よく猫を入れられていた……猫がお好きなのだな」
お前ら、心菜は猫じゃねーぞ。
しかしクリスタルだった頃に、野良猫や捨て猫を大聖堂の中に転移させて愛でていたことは事実だった。仕方ないだろ、あいつら見てると癒されるんだから。
「この際、猫でも何でも良いです! 枢たんは渡さないにゃーん!」
心菜が語尾に「にゃん」付きで叫んだ。
「分かりました」
神官たちは何故か納得する。
「聖晶神さまのお望みのままに……大部屋の方が心休まるのであればそう致しましょう。動物と一緒の方が落ち着かれるのですよね」
真が腹を抱えて笑い転げている。
くそう……展開がおかしいが、要求は通ったので良しとしよう。
俺は反論したいのを必死に我慢した。
あとは食事だ。
王族が食べるような豪勢な食事は必要ないと、どう伝えれば良いか。
神官たちを見回して、俺は知った顔を見つけた。
「あ、そこの……レフさん?」
「わたくしですか」
呼び掛けると、壮年の男性神官、レフは驚いた顔をする。
「俺たちの夕食だが、あんたの故郷のハンバーグや野菜炒めを食べたい」
「っつ! 私の願いを覚えていて下さったのですね……!」
レフは感激した表情になって、厨房に走っていった。
「願い?」
心菜が不思議そうにする。
「まあ、いろいろあるんだよ。それよりも、せっかくだからのんびり観光しようぜ」
言いながら、俺は案内された大部屋の奥まで歩き、大きな窓を開け放つ。
「わあ……!」
窓を開けた瞬間、真っ白な鳩が青空を飛んでいった。
昼の光が窓から射し込む。
大聖堂の三階の部屋の窓からは、活気のあるアダマスの街並みが一望できた。大通りを行き来する人々は笑顔で、生き生きと働いている。
心菜を初めとする仲間たちは、窓際にやってきて歓声を上げた。
風に吹かれながら俺も街の風景を眺める。
「願い……か」
レフはまだ少年の頃に親と引き離され、修行のために大聖堂にやってきた。ホームシックで泣いていた少年は、クリスタルの俺に「実家の母親の手料理が食べたいです」と祈ったのだ。
少年を哀れに思った俺は、こっそりレフの実家から彼の母親の料理を魔法で転送して、部屋に届けてやった。
レフの実家まで距離が遠かったから、だいぶ苦労して魔法を工夫したっけ。
大聖堂に来る人たちには、それぞれ事情がある。
俺は千年もの間、彼らを見守り続けた。
「……枢たん、大人っぽい顔をしてる」
「ん? いつもと変わらないだろ」
心菜が俺を見上げて、首を傾げた。
俺はきょとんとする。
真は何か意味が分かったらしく苦笑していた。
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