61 アダマスの守護神

「クリスタルの間に案内しましょう」

 

 白い髭をモコモコさせながら言うグリゴリ爺さん。

 

「頼む」

 

 俺は、爺さんを支えて歩き出す。

 何しろヨボヨボの爺さんなので足取りが危なっかしいのだ。

 神官たちが後ろからゾロゾロ付いてくる。

 納得していない表情のアセル王女も続いた。

 

「枢たん」

 

 心菜が俺の袖を引く。

 

「枢たんは神様だったのですか?」

「まっさかー」

 

 ここで頷くと電波な奴っぽいじゃないか。

 俺は明るく否定した。

 

「セーブポイントのつもりが、ちょっと守護石になってただけだよ」

「……それを神様って言うんじゃ」

 

 真が明後日を見つつ突っ込みを入れていたが、誰も聞いていなかった。

 

「そうでしたか! 神様というと遠いひとのようで焦りました!」

 

 と、安堵する心菜。

 

「だよな、神様なんてさすがにあり得ないよな」

「脳筋の奴らは人の話を聞けよ……」

 

 胸を撫で下ろす大地に、夜鳥が呆れている。

 

「私は鏡の力でとうの昔に知ってたんだから!」

 

 椿は自慢気に言ったが、俺以外のメンバーには聞こえていないようだった。

 

「扉を開けますね!」

 

 神官の一人が緊張した面持ちで、俺の前に進み出てクリスタルの間の扉を開こうとする。

 星空をイメージした装飾が施された重厚な扉が、左右に開いた。

 扉の隙間から光が射し込む。日中は魔法石で出来た照明が付けられているため、クリスタルの間は明るい。

 

 部屋の奥、中央に設置された台座の上に、人の子供より少し大きいサイズの青いクリスタルが安置されていた。

 光を失ったクリスタルは、もの寂しい雰囲気を放っている。

 

 俺は言葉を失って、自分自身クリスタルを眺めた。

 改めて見ると、自分があそこにいたことが信じられない。

 

 ゆっくりグリゴリ爺さんから離れ、一人、濃紺の絨毯の上を歩き始める。

 司教や神官や、心菜たちは追ってこなかった。

 

 クリスタルの前で立ち止まって手を伸ばす。

 俺の手が触れた瞬間、クリスタルは青い光を放った。

 

「おお……!」

「誰が触れても光らなかったクリスタルが……!」

 

 神官たちや、アセル王女が感嘆している。

 一方の俺はクリスタルに飲み込まれそうな感覚を覚えて、手を離した。

 これが椿が言っていた、もうひとつの自分との統合か? パワーアップできるとのことだが、統合した肉体が物理的にどうなるのか分からない。クリスタル人間にでもなるのだろうか……?

 モンスターになるのは嫌だ。却下だ却下。

 クリスタルと統合するのは無しにしよう。

 

 俺の決心を見計らったように、空中をくるくる飛ぶリーシャンが、俺の頭の上に降りた。

 

神聖境界線ホーリーラインの強化はどうするー? 今のカナメだと、大聖堂から遠隔で操作するのは難しいんじゃないー?」

「そうだな……」

 

 昔、神聖境界線を作った時は、大聖堂から遠隔で魔法を使った。それはクリスタルの身体だからこそ出来たのだ。今、俺のステータスに並ぶスキルは、一部グレーアウトされており使えないものがある。その中に神聖境界線の魔法も入っていた。

 

「現地に直接行って補修するか」

「わーい。まだカナメとの旅が続くんだね!」

 

 リーシャンが頭の上で羽をバタバタさせる。

 髪の毛が乱れるから止めて。

 

「ふむう。神聖境界線に赴かれる前に聖晶神さまの杖をお渡ししたいところですが、杖職人に今作らせているところでして」

 

 グリゴリ爺さんが自分の髭を撫でながら、困ったような表情で言った。

 

「知ってる……」

 

 やる気の無いサラリーマンみたいだったグレンを思いだし、俺は遠い目をする。賭博の件で突然やる気を出したみたいだが、本当に良いものが出来るのだろうか。はなはだ疑問だ。

 

「杖の件もありますので、旅立つのは少々待ってくだされ。出掛ける前に溜まっている大聖堂の仕事を……」

「俺急用を思いだしたわ」

 

 大聖堂は、寄進を受けて治癒や復活の奇跡を行っている。奇跡を起こしていたのは聖晶神こと俺。

 やっぱり聖晶神だとばれたら仕事させられるじゃねーか!

 

「おぅふっ、老い先短いこの爺を放っていかれるのですかぁー」

 

 いつの間にか側に移動してきたグリゴリ爺さんに袖を捕まれ、よよよと泣かれる。神官たちも「大聖堂はこのまま閉鎖するしかないのか?」「せっかく田舎から出てきてエリートの大聖堂勤めになったのに! 家族への仕送りが」などと悲鳴を上げている。

 

「わ、分かったよ……仕事してから出て行けば良いんだろ」

 

 俺は降参した。

 

「お部屋とお食事、お召し物を準備いたしましょう」

 

 グリゴリ爺さんは先ほどの涙が嘘のようにニコニコ笑顔だ。

 くそう、はやまったか?

 

「聖晶神アダ」

「俺の名前はカナメだから」

「……カナメさま」

 

 恥ずかしい神様名を連呼されたくなかったので、台詞の途中で修正する。

 グリゴリ爺さんは俺の名前を呼んで微笑んだ。

 

「お帰りなさいませ、カナメさま。ここは、あなたの国です」

 

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