60 アダマスの大聖堂
グレンは「杖を作る」とやる気を出して、工房にこもってしまった。
賭博の件を解決した上に、グレンのやる気を引き出した訳だから、約束通り、アセル王女に大聖堂を案内してもらうとしよう。
「仕方ありませんね。結局あなたの正体は分からないままですが」
アセル王女に大聖堂に案内してほしいと言うと、彼女は唇を尖らせた。
「あなたたちは一体何者なのですか? 賭博場を牛耳っていた悪人を始末した手並み、並大抵のものではありませんでした。お忍びで旅をしている名のある英雄とお見受けしますが」
そんな大層なものじゃないよ。
俺は日本人の得意技、へらりと微妙な笑みを浮かべて誤魔化した。
「そんな目で見ても駄目です! 枢たんは、心菜のものなんだから!」
心菜がガシっと俺の腕に抱き着いて、アセル王女をにらむ。
「何を言っているのですか。私は別に」
アセル王女はなぜか狼狽えた。
なんなんだろうな、この空気は。
「大聖堂、入ったことないから観光が楽しみだぜ」
大地が嬉しそうに言ったので、アセル王女は我に返ったように、俺と心菜から視線を外した。
彼女は明後日の方向を向きながら言う。
「特別に入堂できるように手配しますので少々お待ちを」
こうして、俺たちはアセル王女の案内で大聖堂内部に入ることができた。
大聖堂は改修工事中ということになっており、灰色の垂れ幕で全体が見えないようになっている。
一般人に見つからないように裏口から布をくぐって、密かに中に入った。
「うわあ……」
「天井、高っ!」
内部に入った途端、心菜や夜鳥は感嘆の声を上げる。
「千年前、聖なるクリスタルを祀る小さな教会がここにあったのです。その教会を包み込むように、巨大な大聖堂は作られました。建物が二重になっているので、天井が非常に高いのです」
アセル王女がツアーコンダクターのように説明する。
俺は懐かしい気持ちになって、周囲を見回した。
白く冷たい石の床がどこまでも続き、高い柱に支えられたアーチが何層にも連なっている。窓には青いステンドグラスが嵌め込まれ、外の光を幻想的に通していた。
「見学できるのはここまでですね。クリスタルの間は非公開ですので」
「え?! ここまで来たのに」
俺たちはブーイングした。
というか、クリスタルの間が目的地なのに、これじゃ意味がないじゃないか。
「仕方ないでしょう! 今はお見せする訳にはいかないのです!」
王女が光を失ったクリスタルを部外者には見せられないと考えているなんて、この時の俺は気付いていなかった。
食い下がろうと言葉を探していると、神官が駆け足で近づいてくる。
「アセル王女! 大変なことになりました!」
「なんです? 今は取り込み中」
「アダマス王国に接する
なんだって?
「魔物の群れが、神聖境界線を壊そうと一点集中で攻撃を仕掛けています。このままでは……!」
俺は黒崎の言葉を思い出した。
神聖境界線を崩し、この世界を魔界に変える。
奴はそう言っていた。
「ほっほっほ。何を騒いでおるのかな?」
「ホイップ……グリゴリ司教!」
下っ端神官が慌てて頭を下げる。
王女も驚いた顔をした。
白い髭をモコモコ生やした爺さんが、ゆっくり通路を歩いてくる。
グリゴリ爺さん、まだ生きていたのか。
俺は若い頃はやんちゃだったグリゴリ司教のことを思い出して、こっそり笑みを浮かべた。
「おや……?」
白い眉に隠れた細い爺さんの目と、俺の視線が交差する。
爺さんの動きが一瞬止まった。
「皆さん、残念ですが観光案内はここまでです。帰ってください」
アセル王女は厳しい表情で言う。
俺たちを出入口に戻そうと、神官たちがやんわり「こちらです」と誘導しかけた。
「……待たれい」
その動きを止めたのは、グリゴリ司教の鶴の一声だった。
爺さんは俺をまっすぐに見る。
「どこに散歩に出られていましたのかな」
「グリゴリ司教……?」
「お戻りをお待ちしておりましたぞ」
よぼよぼと杖にすがって、俺のところまで歩いてくる。
その足取りが危なっかしいので思わず俺は前に出て、爺さんに手を差し出した。
爺さんは恭しく俺の手を握る。
「聖晶神アダマントさま」
「!!」
大聖堂の空気が凍り付いた。
「ちょっ……グリゴリ司教はご老人だから、呆けられているのでは?!」
「いいえ! ホイップクリームさまは見た目こそフワフワされていますが、全然呆けられていません。この間も、掃除をさぼった下級神官を見破って、やんわりと指摘しておられました。――ということは」
アセル王女は何の冗談かと思ったようだが、神官たちはグリゴリ司教の言葉を信じるようだ。
俺はどうしたものかと彼らを見回した。
爺さんが「ほっほ」と笑いながら俺に言う。
「あんまりお戻りが遅いので、クリスタルの表面をきれいに雑巾がけしてしまいましたぞ」
「や、やめろ! そんなピカピカにしなくて良いってば!」
俺は腕に立った鳥肌をさすった。
自分の体であるクリスタルに必要以上に触られるのは気持ち悪い。
雑巾で磨かなくても良いと神官たちに伝えるために、ピカピカとモールス信号ばりに光ってみたり、いろいろ工夫して意思疎通しようとしていたのだ。
「本物だ……!」
神官たちが俺に向かって次々と膝まづく。
それまで透明だったリーシャンが、後光とともに姿を現し、俺の頭上を舞うように飛んだ。
「ね? ちゃんとアダマントだって分かったでしょ?」
楽し気な竜神の飛行の軌跡に沿って、光の粉がきらきらと降る。
俺は「そうだな」と苦笑するしかなかった。
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