59 鉄火場で沸くインスピレーション
グレンは最初から狙われていたのだ。
「お前が国家認定杖職人のグレンだな。ワシの銅像が持つ杖を作る栄誉を与えてやろう! ふっはっは!」
賭博で負けたグレンを取り立てにやってきた男は上機嫌で高笑いした。
どうやら、賭場に建てられていた太ったおっさんの銅像は彼がモデルらしい。
銅像の手が空いていると思ったら……杖を持たせたいとか、何を考えているのだか。
「お、俺はスランプなんだ! 今は杖を作れないぞ!」
グレンが泣きそうになりながら喚くと、男はパチリと指をはじく。
「それは残念だ。代わりにお前の家財産すべて頂くとしよう」
男の部下がグレンの家に入ってきて、勝手に家具や作品の値踏みを始める。
万事休すだ。
賭け事に逃げた自分の馬鹿さ加減を呪いながら、床に膝をついて泣いていると、窓ガラスが豪快に割れて、誰かが家の中に飛び込んできた。
「とうっ! 美少女仮面参上!」
それは仮面を付け、刀を持った少女だった。
顔が見えないが引き締まった体型をしており、繊細な顎の線を見るに仮面の下は相当な美少女と思われる。
「あなた! グレンさんを罠にはめましたね!」
少女は抜き身の刀を男に突きつけた。
男はぎょっとして後ずさる。
「な、何を根拠に」
「証拠などありません! この胸に宿る正義の意思だけが、私を導く確かな光! 月に代わっておしおきしますよ!」
グレンは少女の声にうっとりした。
なんだかインスピレーションが降りてきた気がする。
少女にぴったりのピンク色の杖を作りたい。白い羽を付けて杖の天辺にハートを付けるのだ。
「待て待て待てぃ!」
家の玄関の扉が開いて、若い男が駆け込んでくる。
先日から成り行きで家に泊めている旅の青年、カナメだった。
「待て心菜! お前は暴走しすぎだ! なんで窓ガラスを割って飛び込む必要がある?!」
カナメは普通に玄関の扉を開いて入ってきたらしい。
義理堅い性格だ。
「えーその方が恰好良かったから」
「後で一緒にグレンさんに謝ろうな」
「はーい」
カナメがたしなめると、少女は不満そうにしながらも大人しくなった。
「ところであんた、銅像を作るために、随分あちこちから金をかき集めていたんだな。あんたに身ぐるみ剥がされて路頭に迷ったって人がたくさんいたよ」
カナメは腕組みして淡々と言った。
取り立てに来た男がギクリと肩をふるわせる。
「どこでそんな話を」
「……聞き取り調査は任してくれ」
カナメの背後で、若い茶髪の男がピースサイン。
確かマコトとかいう名前だったはずだ。
「不正を暴かれて自分が路頭に迷いたくなかったら、グレンは諦めて出ていくんだな」
どさどさっと上の階から何かが落ちてくる。
それは気絶した男の部下だった。
見上げると、ツバキという女性がつまらなさそうに明後日の方向を見ていて、その隣でダイチという男が気絶させた者を投げ落としているところだった。
「くそっ、おぼえていろ!!」
取り立てに来た男は敵わないと感じたのか、きびすを返して逃げ出した。
カナメは数歩、横に移動して、玄関から去っていく男を見送る。
あっけないものだ。
グレンは呆然とした。
自分や、自分以外の者も大勢苦しめたという男を、このまま逃がしてしまっていいのだろうか。
「……意地が悪いなあ、枢っちは」
マコトがにやにや笑いながら、カナメの肩に腕をのせる。
「夜鳥がいないのは、そういうことなんだろ」
「……逆恨みでまた襲ってこないとも限らないからな」
その台詞で、グレンにも裏事情が察せられた。
カナメはあの男の悪事が断たれるよう既に手配をしていたらしい。
自分は指ひとつ動かさずに、巨悪を葬ってしまったのだ。
グレンは思わず感嘆の声をもらした。
「かーー恰好いい……」
「へ?」
驚くカナメの足元にじりじり這いよって、見上げる。
神がここにいた。
「俺、何か降りてきました!」
「お、おう?」
「あなたの杖を作らせてください!」
目を丸くするカナメの手をにぎってブンブン振る。
良い作品ができそうな気がしてきた。
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