57 大聖堂は改修工事中

 俺はいきなり登場した金髪の女の子に見覚えがある気がして、彼女を凝視した。

 

「……もしかして、アセル王女?」

「なぜ私のことを知っているのですか」

 

 やべっ、一般人は王女さまの顔なんて知らないよな。

 俺は大聖堂にいたから、定期的に礼拝に来るアセル王女の顔を当然知っていた。あの小さい子が綺麗に成長したんだなあ……なんて、ほのぼのしてる場合か。

 アセル王女は俺を疑いの目で見ている。

 ええと、一般人が王女の姿を見る機会って……

 

「ま、前にパレードで見たことがあって」

「パレード……そういうこともあるかもしれませんね」

 

 何とか誤魔化せたか。

 ほっとする俺に、アセル王女は続けて問いかけてくる。

 

「ところで、なぜ、グレンを脱がせているのですか? そういう趣味ですか?」

「脱がせてねえよ!!」

 

 濡れ衣だ。勝手に脱いだのはその男だ。

 グレンと呼ばれた男も抗弁する。

 

「アセルさま、誤解です! 決してアクセサリー作りに浮気していた訳ではありません。これは男の意地と約束の問題なのです!」

「そんなことはどうでも良いです。それよりも杖はどうなったのですか?」

 

 アセルはばっさりグレンの訴えを退けた。

 それにしても、杖?

 

「現実逃避にアクセサリーなど作っている場合ですか。あなたには、聖晶神さまに捧げる杖を作るという重要な役目があるはずです。大聖堂から神器が無くなったことは、いつまでも隠し通せるものではありません」

「あー……!」

 

 俺は口元を押さえた。

 黙示録獣アポカリプスとの戦いで、全力を出すために神器・聖晶神を召喚して、そのまま奴を封印するために使いきってしまったのだった。

 

「なんです?」

「なんでもありません……」

「あ、今私が言ったことは口外にしないでください! 部外者の前で言う事では無いのにうっかりしてました」

 

 大聖堂から神器が無くなったことは秘密だったらしい。

 アセル王女は失言に少し焦った表情になった。

 その元凶とも言える俺は、ちょっと後ろめたい。

 いや厳密には自分のものなんだけど、勝手に持ち出したら神官たちがびっくりするよな……。

 

「スランプなのか杖を作る気分になれないんですよー。ビビッと来ないというか、降りてこないというか……大聖堂も閉鎖されていて立ち入り禁止だし」

 

 グレンはうつむいてブツブツ言い訳を始めた。

 俺はグレンとアセル王女を交互に見て聞く。

 

「大聖堂が、閉鎖されているんですか?」

 

 アセル王女は頷いて答えてくれた。

 

「……もしかしてあなたがたは、大聖堂を観光しにきた旅の方ですか? 大聖堂は今、大規模な改修工事中で、全面的に非公開になっていますよ」


 なんてこった……普段なら大聖堂は参拝客向けに公開されているので、ある程度のところまで部外者でも中に入れる。

 とりあえず参拝客を装って様子を見に行こうかな、という俺の目論見はあてが外れた。

 どうしようかな。

 俺が困っていることは表情から伝わったらしい。

 豊かな金髪をファサッとかきあげて、アセル王女は優雅に微笑んだ。

 

「私は王女ですから。もしあなたがグレンのやる気を引き出してくれるなら、特別に大聖堂の中を案内してあげましょう」

「本当ですか?」

 

 権力のお墨付きがあるに越したことはない。

 ってか、自分ちに入るのに許可がいるってどうなんだろう。しかし今のところ、俺がクリスタルだったなんて口が裂けても言えない。

 

「枢っち、どんどん話がややこしくなっていってる気が」

「心菜はお腹が空きました」

「キュー」

「あー、うるせ!」

 

 真、心菜、ウサギギツネの順に茶々を入れられる。

 

「よし、お前ら全員、国家認定杖職人のこのグレンさまが養ってやろう! 旅人をもてなすというという大義名分があれば、杖の納品を先伸ばしにできるしな!」

 

 グレンは裸の胸を叩いて請け負った。

 親切の理由がやる気のないサラリーマンみたいだ。

 

「お世話になります」

 

 俺は店の前で待っていた大地と椿と夜鳥を呼んできた。

 こうして俺たちは、杖職人グレンの家にしばらく泊まることになった。

 

 

 

 ウサギギツネのメロンを懐から出すと、グレンは「良い毛皮が採れそうだな!」と笑顔になった。この世界の人は動物を見たら、食べるか毛皮を採るかの二択だ。

 去り際、アセル王女は俺を振り返って言った。

 

「あなたは不思議な人ですね。普通は王女だと分かると、かしこまって物も言えないと思うのですが」

「……」

「正体を教えなさい、と言っても無駄のようですね。良いでしょう。近いうちに必ずその正体を暴いて差し上げますわ」

 

 アセル王女は何だか楽しそうにしながら帰って行った。

 

「育て方を間違ったかな……」

『カナメ、王女のお父さんじゃないんだから』

 

 透明になって肩口に浮いているリーシャンから突っ込みが入る。

 

『聖晶神アダマントだって言えば良いのにー』

「恥ずかしくて素面しらふで言えるかよ……」

 

 こっそり大聖堂に入って、もうひとつの自分の身体であるクリスタルの様子を確かめ、神聖境界線ホーリーラインを強化して去るつもりだったのに……それだけでは済まない予感がひしひしとする。

  

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