55 いざアダマス王国へ
「枢たんから離れなさい! そこは心菜の場所なのです!」
「キュー!!」
キャンプの焚火にあたっていると、俺の隣をめぐって、ウサギギツネのメロンと心菜が喧嘩を始めた。
メロンはともかく、心菜は真剣な様子である。
「おー、もてもてだなあ、枢っち」
「片方は動物だぞ?」
「ははは。心菜ちゃんも動物みたいなものじゃないか」
真は笑いながら酷いことをサラっと言った。
「否定できない……」
俺はこめかみを揉む。
カインに「俺が心菜を幸せにする」と自信満々に宣言したが、心菜が普通の女の子なら安請け合いできなかった。綺麗なおっとりした普通の女の子と付き合える自信がない。昔から動物の面倒をみるのが得意なので、心菜の面倒なら最後まで見れると思って付き合っているのだ。本人には言わないけど。
「近藤枢!」
ついに猫パンチを繰り出して戦い始めた心菜とメロンを眺めていると、椿が話しかけてきた。
フルネームで呼んで、喧嘩を売られているのか分からない強気な調子だ。
「何?」
「あなたはアダマス王国に"もうひとつの自分"があるのでしょう? パワーアップをするつもりなのかしら」
「はあ? パワーアップ?」
思いもしなかったことを聞かれて、俺は間抜け顔をさらした。
「って何?」
「知らないの?!」
椿は呆れたようだった。
「私たちのように、異世界で人間以外に転生していた場合は、寿命が長かったりして異世界に身体が残っているわ。奥の手として、二つの身体を統合することで、基礎ステータスをアップしたり、新たなスキルを得たりできるのよ!」
「へ、へえ……?」
人間の身体と、クリスタルの身体を統合?
想像が付かない。
「私は魔族……吸血鬼だったから、身体は
「ふーん」
「パワーアップするんじゃなきゃ、アダマス王国に何をしに行くのよ?」
そりゃ、黒崎が攻めてくる前に、
「……人間の姿の俺が行っても、普通は大聖堂に入れてくれないよな」
「大丈夫だよー」
リーシャンが俺の頭の上で巣を作りながら答えた。
「雰囲気で分かるよ、カナメだって」
「そんな馬鹿な」
クリスタルと俺を結びつける奴なんている訳ないだろ。
アダマス王国の大聖堂では、光を失ったクリスタルを前に、一人の少女が祈りを捧げていた。
「聖晶神アダマントさま……いったいどこに行ってしまわれたのですか」
少女はこの国の第一王女である。
華美過ぎない青いドレスを着て、床に膝を付き両手を前に組んでいる。淡い金髪が背中で波打っている。伏せ気味の少女の瞳も、髪と同じ色だった。
「大丈夫ですよ、アセルさま。聖晶神さまは、ちょっと散歩に行かれただけです。ずっと大聖堂から外に出られなかったので、退屈しておられたのでしょう……」
少女をアセルと呼び、白い髭を床まで伸ばした老人が歩み寄る。
老人は大聖堂でもっとも高い地位にあり、グリゴリ大司教と呼ばれている。しかし周囲の者は親しみを込めて彼のことを「ホイップクリームさま」と崇めていた。白い髭がモコモコのふわふわだからだ。
「ホイップ……いえ、グリゴリお爺様。聖晶神さまが退屈していたなんて、どうして分かるのですか?」
「爺には分かりますとも、ええ。幼い頃から大聖堂におりますゆえ、聖晶神さまとは以心伝心なので」
グリゴリ大司教は、ウンウンと頷いた。
「ワシが小さい時、大聖堂でよく遊んでおりましてですな。クリスタル、聖晶神さまの御神体に、落書きしようとしましたのじゃ」
突然、お爺さんの昔語りが始まったので、アセルは密かに困惑した。
「はあ、落書きですか?」
「さよう……チョークで○んこを御神体の隅っこに書いたのですが、その翌日、目が覚めると髭が生えておりました」
「髭……?」
「黒炭で顔に髭の落書きがされていたのです。水で洗っても落ちなくて難儀しました。子供心に、聖晶神さまヤベエと思いましたね」
アセルは、それは聖晶神さまの仕業ではなく周囲の大人がやったのではないかと思ったが、お爺さんに突っ込むのは無粋なので止めておいた。
「聖晶神さまは、寛大なお方なのですね」
「優しくて茶目っ気のある方ですじゃ。いつかアセルさまも、お分かりになるでしょう」
「いえ、クリスタルの聖晶神さまは話さないのに、分からないですよね」
ニコニコ言うグリゴリ大司教に、アセルは思わず反論したが、ぼけた爺様の耳には届いていないようだった。
「近頃、魔族たちの活動が活発になっています。
アセルはクリスタルを見上げて呟いた。
光を失った虚ろなクリスタルは、静かに大聖堂に佇んでいる。
クリスタルの異変に気付いた神官たちは、理由を付けてしばらく大聖堂のクリスタルの間を非公開にし、一部の事業を停止した。しかし魔族との戦いで傷付く国民が増えている以上、一刻も早い再開が望まれる。
アダマス王国の人々は、クリスタルに宿る聖なる意思の帰還を、待ち望んでいた。
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