54 夜の終わり

 届かないからこそ、綺麗だと思うのかもしれない。

 好きな人がいるから独身を貫くという、レナの姿勢は凛々しく美しかった。

 だからこそカインは彼女に憧れ、執着したのだ。

 

「ああ……」

 

 レナの実家の内部から光の柱が現れ、虹の光輪が広がっていく。

 朝焼けの光に、虚ろな幻が雪のように溶けて消えていった。

 

「カイン」

 

 光のたもとから、呆然とするカインの前まで、男が歩いてくる。

 カナメ。レナが想いを寄せているという憎らしい男。

 

「ウェスペラをこんな亡霊の街にしてしまったお前のことは当然、好きになれないけど……心菜を守ろうとしてくれたことには礼を言う。ありがとう。あんたは心菜を傷つけなかったな」

「……」

 

 まさか感謝されるとは思ってもいなかった。

 レナの両親の亡霊を呼び出して家族や友人が復活した理想の世界を作り、その中で永遠の幸せを享受する。そう、それ自体は罪の無い願いのはずだ。

 身勝手だと罵られようとも、彼女の幸せを願っていた。

 レナ自身はこんな形の幸せを望んでいなかったとしても。

 

「俺が心菜を幸せにするから、あんたは安心して逝ってくれ」

 

 目の前に立ったカナメが虹の杖を振るう。

 虹の杖が身体に射し込まれる。

 カインは抵抗しなかった。誠実なカナメの言葉に、大層不本意だが、その一瞬、感心してしまったからだ。

 最後の力をふりしぼって、涙目でこちらを見ているレナに問いかける。

 

「……レナ。お前は、この男を、愛しているのか……?」

「聞くのが遅いです!」

 

 レナの魂を持つ少女は、キッとカインをにらんだ。

 

「カイン、あなたに真っ先に紹介したかったのに!」

 

 そうか。昔はレナに無視されていると感じたこともあったが、彼女は自分に無関心という訳ではなかったのだ。

 完敗だな。

 カインは穏やかな気持ちで、自ら意識を手放した。

 これでやっと解放される。

 

 

 

 

 亡霊の街を作っていたカインが消滅した。

 結界の主であるカインが消えたことにより、俺たちを閉じ込めていた結界も瓦解したのだ。

 幻の街は消え去って、今は深い森に埋もれるような廃墟が、陽光を浴びて静かにたたずんでいる。

 

「……ウェスペラが賑やかだった頃を見られて、良かったよ」

 

 俺は、しょぼんとしている心菜にそう言って笑いかけた。

 イーリスが変身した杖は、役目を果たしたからか、いつの間にか無くなっている。

 何もかも、亡霊の街に入る前に戻った。

 

「枢たんに、ウェスペラ名物イノシシ肉の串焼きをご馳走してあげたかったです……」

「肉?」

 

 心菜の残念ポイントが微妙にずれている。

 イノシシ肉とか、どれだけワイルドなんだ。

 

「あー、良く寝た!」

 

 草原に転がっていた大地がようやく覚醒する。

 他の仲間も、眠気眼をこすりながら起き上がろうとしていた。

 

「あれ? ウェスペラの街が、ない? 枢っち、俺らが寝ている間に解決しちゃったの?」

 

 真が周囲を見回しながら俺に聞く。

 そして心菜を見て嬉しそうにした。

 

「心菜ちゃん! 無事に再会できて良かった!」

 

 これで仲間が全員そろったな。

 ん……? 誰か忘れているような。気のせいか?

 

「カナメー、これからどうするの?」

 

 リーシャンが飛んできて、俺の頭の上に乗った。

 重いからやめれ。

 

「そうだな」

 

 俺は腕組みする。

 

「地球に戻る方法を探すけど、その前にアダマスに寄りたいな。黒崎というか魔神ベルゼビュートは、神聖境界線ホーリーラインを崩す、とか宣言してたし」

「あいつ、そんなこと言ってたの? 僕やカナメの作った神聖境界線を壊すって?」

 

 リーシャンが頭上で羽をパタパタさせながら言う。

 

「枢の作った、神聖境界線……?」

 

 リーシャンの台詞に反応して、夜鳥が、信じられないものを見る目で、俺を見てきた。

 昔、リーシャンや時の神クロノアと協力して、神聖境界線を作ったんだよなー。

 言ってなかったっけ?

 

「聞いてないっすよ!!」

 

 なぜか大地が叫んだ。

 

「何ですかっ、いったい枢さんは異世界で何をやってる人だったんすか!」

「いろいろやってたよ」

 

 人では無かったけどな。

 もはや説明が面倒だ。

 アダマス王国に行けば、自動的に俺のことは分かるだろうし。

 一方、仲間の中で椿だけは空気が湿っぽい。

 

「ちょっと永治の気配がしたのに……本当に私のこと、要らなくなっちゃったの?」

 

 心菜が椿の肩にそっと手を置いた。

 

「大丈夫ですよ、黒崎さんと仲直りしましょう! 心菜も手伝います!」

「い、いいの? 私たち敵同士じゃ」

「心菜にとっては敵じゃありません! 枢たんを巡るライバルが一人減って万々歳です!」

 

 なんじゃそら。

 

「とりあえず、アダマスに行こう」

 

 俺は皆をうながして森の外へ歩き始める。

 一行の最後尾をだらだら歩きながら、最後に一度だけ、ちらりと廃墟を振り返った。

 

「……終わったからこそ、新しく始められる。これから、だろ?」

 

 夜露を反射した草木が虹の光を帯びている。

 その光に手を振って、俺はウェスペラだった場所を後にした。

 

 

 

 

 廃墟の片隅で虹色の蛇がとぐろを巻いている。

 

『ありがとう、カナメさん。ここに残った想い、行き場の無い魂は、森の動物として生まれ変わります……』

 

 蛇の周りを魂の光がくるくると舞う。

 静かな森のゆりかごで生命が育まれる。

 やがて豊かになった森に、また、人が訪れるだろう。

 いつかウェスペラが再興する日が、きっと来る。

 

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