51 ウェスペラの神

 よし来た、皆を救って心菜とハッピーエンドにしてやるぜ……と、言い切るには俺には人生経験?がありすぎた。千年も石をやってると、事はそう簡単にいかないってことが分かってくる。

 心菜の異世界の両親も妹のフリースさんも、魔族カインの手の内だ。

 下手に動くと、心菜の家族を傷付けることになる。

 

「微力を尽くします」

 

 俺は遠慮がちの回答にとどめた。

 心菜には大人しくしてろって言われたし。はあ……。

 まあ、聞かないけどな。

 ここの人たちが本心では「終わり」を望んでいるのなら、叶えてやろう。それは心菜の件とは、また別の話だ。

 

「……この料理は食べても大丈夫なんっすか?」

 

 大地が目の前の皿に盛られた肉と野菜をフォークでつつく。

 行儀悪いな。

 

「亡霊の街で出される食べ物……実は、腐った人肉とか毒草じゃないですよね」

 

 限りなく現実に近いが、ここは幻の街。

 大地の懸念はもっともだ。

 

「大丈夫です。レナのために、この家の食事と神殿の食事は、本物の食べ物になっています。街中の屋台などは保証できませんが」

 

 フリースさんが答えてくれた。

 うわあ、買い食いできねーな。

 

 

 

 食事が終わり、俺たちは客室に泊まらせてもらうことになった。

 このフカフカのベッドも幻……いや、考えるのはよそう。

 

「なんかすげえ眠い……」

「夜鳥?」

 

 既に大地はベッドに寝転がっている。

 真と夜鳥は眠気を耐えきれないように目をこすっていた。

 

「おかしいな、妙に眠気が」

 

 二人は崩れ落ちるように眠りに落ちた。

 椿が眠そうにしながら俺に怒鳴ってくる。

 

「ほらご覧なさい! 迂闊にあいつの結界内に入るから、こうなるのよ! この私を眠らせるなんて、今に見てなさいよ……」

 

 言いながらまぶたを閉じる椿。

 俺は、眠りに落ちた仲間に毛布を掛けて回った。

 

「カナメ、大丈夫ー?」

 

 透明になってこっそり付いて来ていたリーシャンが、姿を現す。

 

「あの魔族のカインって奴の仕業だね、僕も眠くなってきちゃった」

「リーシャンお前もか」 

「カナメはやっぱり大丈夫なんだね。さすが、神々の中でも防御魔法に特化してるだけあるね」

 

 リーシャンはふわふわ飛びながら、俺の頭の上に着地した。

 

「頭が重い……」

「ここの神様はどこ行ったんだろうねー」

「それだ。死んだウェスペラ国民の魂を支配しているカインから主導権を取り返すには、この土地に縁のある神の協力があれば手っ取り早い」

 

 俺はリーシャンをつかんで頭からどけた。

 

「神殿があるからには、土着の神がいたはずだ。リーシャンは知らないのか?」

「ウェスペラの神? 力の弱い無名の神だったんじゃないかな。あっさり魔族に国を滅ぼされちゃうくらいだから」

 

 リーシャンはジタバタしながら言う。

 

「僕やカナメは自分の国を千年以上もたせてるんだよ? すごーい僕! すごーいカナメ! えっへん!」

「自画自賛かよ」 

 

 その無名で弱い神、がこの場合重要なのだ。

 くそっ、カインごときに滅ぼされてんじゃねーよ。おかげで心菜が大変な事になってるじゃないか。

 この国の神はいったいどこにいるのだろう。

 残りかすでも良い、まだここにいるのなら、俺たちに応えてくれ。

 

「もう限界ー。おやすみー」

「ちょっと待て早すぎないか。お前仮にも竜神……」

 

 リーシャンは俺の手の中でくたっと寝てしまった。

 祝福の竜神リーシャンにも影響するなんて、かなり強い力だ。

 カインはこの土地と強い結び付きを持つ上に、何十年も時間を掛けて自分に有利な幻の世界を構築したのだろう。

 

「手掛かりを探さないと」

 

 俺はリーシャンや仲間を部屋に残したまま、外に出た。

 

 

 

 

 心菜はウェディングドレスから青い巫女服に着替えた。

 ドレス姿が見たいという両親にせがまれて仕方なく着たが、一回見せたからもう良いだろう。異世界の生前できなかった親孝行をしたのだから、役目は果たしたはずだ。

 

「婚姻を見届ける虹の神イーリスがいません。この結婚式は無効になりました」

 

 カインと結婚する気なんて毛頭ない。

 枢が来たからには、両親を説得して、さっさと出て行くつもりだった。

 

「この国の神は、この僕だ」

 

 カインは不機嫌そうに眉をしかめる。

 

「何が不満なんだレナ。僕らは仲良くやっていただろう」

「それはこっちの台詞です。何ですか未練たらしく結婚式だなんて! 私は……将軍のあなたとは、国を守る志は同じだと思っていたのに。ウェスペラを滅ぼすなんて!」

 

 心菜は憤慨していた。

 彼女の知るカインは、温厚で誠実な性格だった。ちょっとストーカー気味だったが、魔族になるほどとは思っていなかったのだ。

 

「ウェスペラは、レベルの高い君に頼りきりだった。君だけを戦わせ、全部を背負わせて死に追いやったんだ。滅びて当然だ」

 

 どうやらカインにも理由があるらしい。

 昔の彼を知っている心菜は、説得できないかと淡い期待を抱いていた。

 だからカインの戯言にここまで付き合ってしまったのだ。

 

「君は女の子なんだ。剣を持って戦わなくて良いんだよ……」

 

 心菜はカインの言い分にうんざりした。

 

「もういいです。ここで引導を渡してやります」

 

 チャキンと日本刀を鞘から抜く。

 

「無駄だよ」

 

 カインが微笑むと同時に、心菜の手から日本刀が消えた。

 

「武器が?!」

「さっきも言ったろう、ここでは僕が神だ。思い通りにならない事は、何ひとつ無いんだよ。異世界から来た君の友達も、今頃、深い眠りに落ちていることだろう……あのカナメという男も」

 

 心菜は両手を握りしめて後ろに下がりながら、頭を振った。

 

「嘘……!」

「虹の女神イーリスだって眠りに落ちたんだ。人間が抗える訳がない」

「そんな」

 

 まさか枢まで、と動揺する心菜の頬に、カインは見せつけるように、ゆっくり手を伸ばす。

 

「君は僕のものだ」 

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