49 結婚式
「あそこは入ったら二度と出て来られん。魔物の住んでいる森だ。滅ぼされたウェスペラの民の亡霊が、森の奥でさまよっておる」
「情報ありがとう、じいさん」
俺は心菜を探し、彼女の出身国であるウェスペラを目指していた。
ウェスペラは意外にアダマス王国に近く、寂れた山奥にあった。
事前情報通り、百年ほど前に国は滅び、廃墟には魔物が棲みついているらしい。
旅の途中で俺たちを泊めてくれた農家のじいさんは「危ないからよしなさい」とやんわり警告してきた。確かに危険な匂いがプンプンするが、彼女がいるかもしれないのに行かないという選択肢はない。
「止めておきましょうよー。絶対、罠っすよー」
「どうしたんだ大地」
なぜか大地は、俺の行く道に気が進まない様子だった。
「お前は旅の剣士だったんだろ。こういう危険な場所は得意なんじゃ?」
「旅してたからこそ、危険を避けてたんすよ。できるだけ人里に沿って旅をするのが基本っす。自分から人のいない山や森や秘境に飛び込んでたら長生きできません」
「なるほど」
大地なりの危険回避らしかった。
妙に説得力がある。
「じゃあお前は残ってここで待っていてくれ。心菜を迎えに行きたいのは俺の都合だからな」
「枢さん……遠慮しないでください、水くさいっすよ。俺はずっと枢さんに付いて行くっす!」
「え? お前必要ないんだけど」
森の手前で待っていてくれと言ったら、逆に大地は乗り気になってしまった。
「じゃあ非戦闘要員の俺は、森の前で待たせてもらうっつーことで!」
「いや真。お前は引きずってでも連れていくからな」
「なんでっ?!」
真は放っておくと、どこかで悪さをしていそうで心配だ。
へらへらして流されやすい性格をしているからか、悪意はないのに犯罪行為に積極的に巻き込まれる率が高い。地球でも怪しい連中とつるんだり、異世界でも魔族と関わっていたり。
「私は行かないわよ。あそこはカインの領地だもの」
「カイン? 知ってるなら案内しろよ」
元魔族の椿はツンとして拒否したが、何か知ってそうなので連れて行くことにした。
「はあー。一人だけ残る訳にはいかないよな……」
「悪いな、夜鳥」
夜鳥は面倒くさそうだ。
こうして俺たちは連れだって暗い森を進むことになった。
「お? ここ、何か変な気配がする」
真っ先に異変に気付いたのは、夜鳥だった。
「どうしたんすか?……わっ、元の場所に戻る!」
夜鳥の示す場所に踏み込んだ大地は、一瞬にしてUターンして戻ってくる。 見えない境界線があって、それ以上は進めないようだ。
「カインの結界があるのよ。あいつは、この土地に縁があるから結界の強度も並外れてる。いくらレベルが高くても突破するのは無理……って私の話聞いてる?」
「うーん……このくらいなら何とかなるかな」
俺は、椿の説明を話半分に聞いていた。
結界は、俺の
腕を前に伸ばし、結界の膜に触れて魔法式を確認する。
セーブクリスタルだった時の要領で、付近の気配を探ってみた。昔、目も鼻も無い石なのに「見える」って不思議じゃね?ということに気付き、セーブクリスタルの自分は第三の目のような特殊な感覚で周囲の状況を把握していると自覚したのだ。人間は前しか見ることが出来ないが、第三の目を使いこなすと色々な角度から広範囲の情報を拾える。
「……いた」
結界の中から心菜の気配がする。
魔法式を分析して、心菜の気配を手掛かりに結界に穴を開けた。
「嘘?!」
「さー、中に入るぞ」
驚いている椿に手招きする。
俺を先頭にぞろぞろ結界内部に侵入した。
「あれ? ウェスペラは滅んだんじゃ」
「街がある……」
踏み込んだ先には賑やかな商店街があった。
色とりどりの旗が風にひるがえり、人々が賑やかに往来している。
「……」
俺は腕組みして街の人を鑑定した。
実体もあるし人間のように見える。
しかしステータスの種族が「亡霊」となっていた。
これは……。
「亡霊の街とか、明らかに嫌な予感だぜ」
俺と同じようにステータスを看破したらしい夜鳥は顔をしかめている。
「何だか楽しそうですねえ。お祭りですか?」
真が親しみを込めた調子で、街の人にしゃべりかける。
話術スキルを使っているようだ。
「ああ、お祭りだよ」
野菜を売っているおばちゃんがニコニコして答えた。
「今日は、剣の巫女レナさまと、カイン将軍の婚礼があるのさ」
誰だそれは。
いや、剣の巫女という単語には聞き覚えがあるような。
「へー婚礼。見に行ってみましょうよ」
「大地、あんまり迂闊に進むなよ」
「分かってますって」
真が場所を聞き出し、大地は気楽な様子で歩き始める。
俺も夜鳥と同じように嫌な予感がしたが、ひとまず後を追った。
街の中央付近にある神殿に辿り着く。
神殿の前には、真っ白なドレスを着た花嫁と、白い軍服を着た銀髪紅眼の男がいた。花嫁がかぶるベールの下から、短く切った柔らかい栗色の髪が見えた。形の良い頬の線と、細くても筋肉が付いた二の腕。
「心菜!」
俺は花嫁を見て仰天した。
白いベールを被った心菜が顔を上げ、俺を見て青ざめる。
「くっ……一思いに殺しておくべきでした……!」
むちゃくちゃ物騒な台詞なんですが一体どういうこと。
殺されるのって、誰? 俺?
なんで結婚式してるの?
お前の隣に立ってるソイツ誰。
いきなり恋人の結婚式現場に出くわした俺は、混乱してフリーズし、その場に立ち尽くした。
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