48 二人の出会い

 アウロラ帝国で枢たちが魔族と戦っていた時。

 心菜ここなはひとり、霧で白く染まった森を歩いていた。

 

「枢たん、浮気してないかなあ」

 

 歩きながら、心菜は枢との出会いについて思い出していた。

 やんちゃ盛りな中学時代、心菜は「番長」がマイブームで、ノリの良い男子数人を従えて謎の派閥を作っていた。表向きは平凡なバスケットクラブで、心菜はマネージャーだったのだが。

 

「ピーチラムネを十本買ってくるのです!」

「はい、心菜さん!」

 

 マネージャーが部員をパシらせる謎の部活になっていた。

 

「書道部が部室を返してくれ、って言ってるぞ」

 

 そんなやりたい放題の心菜の前に現れて、鼻柱を折ったのが枢だった。書道部員に頼まれて交渉に来たのだ。

 

「やなこった、です! 部室を返して欲しければ自分で来やがれ、です」

「お前、髪の毛ふわふわだなー。家で飼ってるゴールデンレトリバーみたいだ」

「ちょ、勝手に頭を撫でないで下さい!」

 

 威嚇しても全く動じない枢に頭を撫でられて、心菜は不覚にもときめいた。

 

「ふぉーりんらぶ……」

「な?! うちの部のアイドル心菜さんがーっ!」

 

 ショックの悲鳴でバスケット部員の心中が明かされる。彼らは心菜の可愛さに従っていたらしい。

 腕力で従えていたつもりの心菜はがっかりだ。

 

「近藤さん、私は書道部の要求を飲んだ訳ではないですよ!」

「まあ落ち着いて桃シュークリームでも食えよ」

「い、いただきます」

 

 子犬でも見るような目で、微笑ましそうに心菜を眺める枢。恋愛経験値の低い心菜にだって分かる。相手にされてない。女だと思われてない。

 

「負けてたまるものかー!」

 

 地道なドリブルを重ね、会話のボールを奪って、何とかシュートを叩き込み、枢を落とした頃には……すっかり書道部の部室の件を忘れていた。

 好きになったのは心菜の方からだった。

 枢の独特の寛容さは、不思議と女性に好意を抱かせる。無自覚に女性を惹き付ける彼を見て、心菜はいつも焼きもきしていた。

 本人は浮気だと思っていなくても、異世界で女の子を引っ付けている可能性がある。

 

「枢たん、どこーーっ?!」

 

 森の中で叫ぶ心菜。

 叫びは深い森にこだましていく。

 

 

 

 ここはウェスペラという国があった場所。

 異世界に落ちてきてしまった心菜は、どこに行けばいいか分からないまま、ひとまず自分の出身地を目指していた。枢なら探しに来てくれるだろうと思ったので、行きたいところに行くことにしたのである。

 

「それにしても、もともと田舎の国でしたが、ますます秘境になっているのです」

 

 ウェスペラは森林の奥、湖のほとりに建てられた小さな国だった。

 旅の途中に聞いた話によると、魔族が国王夫妻を殺し、国を乗っ取ったそうだ。国民はほうぼうに逃げ出し、今は植物に覆われた廃墟だけが残っているそうな。

 魔族の根城になっているので、旅人も近付かない地域になっているらしい。

 心菜は用心しながら、森の中の廃墟に足を踏み入れる。

 

「本当に滅んでしまったのですか……あ、暁に鳴る鐘が残ってますね」

 

 廃墟の中央に高い建造物があって、金色の鐘が吊るされていた。

 毎朝、虹の神イーリスに祈りを捧げるために鳴らしていた鐘。

 赤茶色の血のような染みがこびりつき、錆び付いた鐘を見て、心菜は眉をひそめた。

 

「レナ……レナじゃないか。待ち続けていた甲斐があった」

 

 突然、若い男性の声がした。

 建物の屋根に、フードを被った男性が出現する。

 

「誰ですか?」

 

 心菜は日本刀を召喚しながら、男性に問いかけた。

 

「僕だよ、カインだ、レナ。君の婚約者さ」

 

 男性はフードを取った。

 銀髪に紅い瞳の、整った容姿がフードの下から現れる。肌に走る奇妙な紋様と、身にまとう淀んだ魔力からして、魔族と思われる。

 心菜の異世界での名前「レナ」を知っているということは、異世界で生きていた頃にしつこく言い寄ってきた男、カイン本人に違いないようだ。親同士の決めた婚約者とは言え、枢以外と結婚をするつもりのなかった心菜は生涯独身を押し通した。

 心菜の知っているカインは人間だった。

 魔族ではなかったはず。

 

「勘違いです人違いです貴方なんか知りません!」

 

 心菜は後退りして、逃げ出そうとした。

 

「はははっ、逃がさないよ、レナ! 僕は魔族となり、百年以上ここでずーっと待っていたんだ!」

 

 廃墟を覆う蔦がわらわらと動いて、心菜の行く先を阻む。

 

「予言の通り、生まれ変わった君はここに現れた。僕らは結ばれる運命なんだよ!」

 

 カインは暑苦しい視線で心菜を凝視する。

 まさか、こんなところで根暗なストーカー野郎と再会するとは思っても見なかった。

 植物の壁の前で立ち止まった心菜は、鞘から日本刀をすらりと抜く。

 くるりと振り返って、刀を正眼に構えた。

 

「枢たんに誤解されないように、ここで貴方を始末します……!」

「やはりそう来るか。それでこそレナ、ウェスペラの戦巫女だ。僕は今度こそ君を手にいれる」

 

 カインは嬉しそうに笑う。

 不気味なオーラが足元から立ち上った。

 

「……私の好きな人は今も昔も枢たんオンリーなのです! そこをどけーーっ!」

 

 白銀の刀身をかかげ、心菜は鋭い気合いの声と共に、男に切りかかった。

 

 

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