47 君に会いたい

 帝都内に引き返すと、現場から皇帝エルロワは撤収していた。

 大地たちの姿もない。

 伝言に残っていた兵士から、皆は宮廷に戻ったのだと聞いて、俺と夜鳥も宮廷に向かった。

 そして真が尋問されてると聞いて焦った。

 

「真!」

「……それでさー、ホワン通りのメリーのチーズケーキがめちゃうまくってさー。あ、枢っち、おかえり」

 

 おかえりじゃねーよ。

 真が尋問されているという現場に乗り込んだ俺は、笑顔でしゃべる幼馴染みの姿を見て脱力した。なんでチーズケーキの話をしてんだ?

 

「……協力に感謝する」

 

 尋問を担当していた黒鴉レイブンの男が、むっつり不機嫌そうに言って、俺と入れ替わりに部屋を出ていった。

 何やってたのか詳細を聞いてみると、真はアウロラ帝国内の魔族の潜伏場所について洗いざらい話したらしい。

 

「異世界に戻ってきて数日で、よくそんな情報集めたな……」

「俺っちの武器は剣じゃなくて情報だかんね。帝国に捕まっても、情報と引き換えに逃がしてもらえるように準備してたのさ」

 

 ぺろっと悪気ない様子で舌を出す真。

 こいつのステータスは大地や他の仲間と違い、話術、交渉といったスキルが高レベルで並んでいる。その代わり剣術や魔法のスキルは無かった。本人の申告通り、弁論で戦うしか取り柄がなさそうだ。

 

「ところで心菜ちゃんは?」

「……」

 

 行く先々で何で男ばっかり回収してるんだ俺は。まっさきに彼女を助けに行くだろ普通!

 だが何故か現実は、心菜が一番最後になってしまっている。

 心菜、いったいどこに行ったんだ。

 一気に暗くなった俺の表情で察したのか、真は苦笑いした。

 

「そっか。たしか心菜ちゃんの出身国って、ウェスペラだっけ」

「ウェスペラ……聞いたことない国だ」

「小さな国だよ。百年ほど前に滅びたんだって」

「え?」

 

 真の情報に、俺は足を止める。

 

「俺が心菜ちゃんなら、気になって現地を確認しに行くね」

 

 異世界転生して過ごした国が、次に来た時に滅びて無くなっていたらショックだろう。俺だってアダマス王国がなくなったらショックだ。

 

「真、お前は大丈夫か?」

「俺? 俺は自分で自分の出身国を滅ぼしたんだぜ。全然大丈夫」

 

 力強く親指を立てて言う真。

 それは大丈夫というのか。

 ちなみに大地は異世界で旅の剣士だったらしく故郷は無いらしい。夜鳥の出身国タンザナイトは今も健在だし、椿は魔族なので神聖境界線の向こう側の出身だった。

 

「ウェスペラのあった場所に行ってみるか……」

 

 心菜のやつ、今ごろどうしているのだろう。

 彼女がいなくても俺は生きていけるけど、やっぱりどこか物足りないんだ。お前に会いたいよ、心菜。

 

 

 

 

 その頃、夜鳥は皇帝エルロワに呼ばれて話をしていた。

 

「余はカナメに完敗した……実際の戦いで、古き魔物相手にあのように立ち回るとは」

 

 魔物の襲撃で中断されたが、エルロワと枢は夜鳥を掛けて魔法勝負をしていたのだった。実戦で枢の実力を見せつけられ、エルロワは戦意を喪失したらしい。

 願ったり叶ったりだ。

 夜鳥は面倒な求婚から解放されると、心底安堵した。

 

「余が奴に勝っているところは、地位と富くらいか」

 

 それはどうかな、と夜鳥は思った。

 異世界の枢の身分を知らないが、だいぶ高そうだ。炎神カルラに仕える神官たちは、枢に対して非常に恭しい態度で接していた。

 枢本人が地位と富に興味がないから、そういう話にならないだけで、実はいくらでも金を出せる立場なのではなかろうか。

 そもそも炎神カルラや祝福の竜神リーシャンとタメ口で話している時点で、だいぶ怪しい。なんで大地の奴は気付かないのだろう。阿呆か。

 

「ヤトリ、最後の情けだ。余に接吻せよ」

「え?! 嫌だよ!」

 

 もう終わりかと思っていたら、皇帝がとんでもない事を言い出した。キスしろとか訳分からん。

 

「余が皇帝だからと恐れることはない。さあ、目を閉じているうちに接吻を」

 

 本当に他人の話を聞かない皇帝だ。

 夜鳥はうんざりした。

 目を閉じてキスを待つ皇帝。

 このままスルーすると余計に面倒なことになりそうだ。

 少し考えて、夜鳥は地球から持ってきたスマートフォンに付いている、ヒヨコのマスコットを取り出した。チキンラーメンを買った時にキャンペーンでもらった付録だ。

 ヒヨコのくちばしを皇帝の唇にくっつけて、さっと隠す。

 

「……」

 

 周囲を見回すと、一部始終を目撃した皇帝の側仕えが、そっと視線を逸らして見なかった振りをしていた。

 

「おお、これが女人の唇……思っていたより冷たいのだな」

 

 皇帝は何だか感動している。

 さらなる無理難題を突き付けられる前に、夜鳥はさっと後ろに下がった。

 

「それでは俺はこれで!」

「あ、ヤトリ。そのように急がなくても」

 

 皇帝の言葉の途中で出ていくなんて、普通なら無礼だと捕まってもおかしくない。だが、ここにも枢の威光が効いているのか、夜鳥は誰にも咎められずに外に出ることができた。

 アウロラ帝国はさんざんだった。さっさと性別を治して地球に帰りたいものだ。

 

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