46 永遠に壊れないもの
貴族の少女が大切にしていたウサギの縫いぐるみ。
「ウサちゃん、あのね。今日お母さんと一緒にピクニックに行ったの!」
少女は縫いぐるみにその日の出来事を話しかける。
三雲は無言で身動きできず、それを聞いているだけ。
冗談じゃないと思った。
しゃべることも動くこともできない、少女の独り言を聞いているだけの毎日。
気が狂いそうだ。
「それでね、それでね……」
無邪気な少女が頬ずりしながら三雲に語り掛ける。
うざったく思いながらも、いつしかそこに温もりを見出す三雲。
もし少女の所有物ではなく倉庫にしまわれて誰にも触れられなければ、それこそ本当に寂しくてどうにかなっていたかもしれない。
しかし、身動きできない以外は平穏だった異世界生活は、突如、終わりを迎える。
「お母さん、お母さん! 誰か助けてっ!」
強盗が入ってきて、少女と少女の家族を惨殺したのだ。
血に濡れたウサギの縫いぐるみに禍々しい光が宿る。
三雲は少女の死と引き換えに、スキルを手に入れた。
「君は死なないよ。今までは僕が君のお人形だったけれど、これからは君が僕のお人形になるんだ」
死んだ少女の魂を、手近な人形に定着させた。
おびえる少女に優しく語りかける。
「大丈夫だよ」
「私が人形になっちゃったの?! 嫌っ、お母さんお父さん!」
助けてあげたのに、救ってあげたのに。
少女は三雲に恐怖した。
数日も経たないうちに少女の魂は壊れてしまい、人形は動かなくなった。
「あれ? どうしたんだろう……」
スキルの使い方がおかしかったのかな。
こんなすぐに壊れてしまうなんて。
次は壊れないように工夫しよう。
そうだ。僕は永遠に壊れない人形を造るのだ。
三雲は自分がおかしくなってしまったことに気付いていなかった。
目の前で少女と少女の家族が殺された時に、繊細な少年の魂は決定的に歪んでしまったのだ。
誰もが勝利を確信した時、三雲の身体に異変が起こった。
「クソがぁぁぁっ!」
バキバキと音を立てて三雲は一気に二回りでかくなった。
肌が鉄色に変わり、目が赤くなって身体中に不気味な赤い線が走る。
「これが僕の真の姿だ!!」
俺は三雲を再鑑定した。
ミクモ Lv.600 種族: 魔族 クラス:
またレベルとクラスが変化している。
どういうことだ。
巨大な金属の人形に変身した三雲は、後ろに向かって大きく跳躍する。
呆気にとられるアウロラ帝国の兵士たちを飛び越えて、三雲の姿は帝都の外壁の向こうに消えた。
「俺が追いかける! リーシャン、乗せてくれ!」
『いいよー!』
俺はリーシャンに飛び乗った。
夜鳥が「俺も行く」と言って、するりと後ろに乗り込んでくる。
まあいいか、素早い夜鳥と一緒なら連携プレイも成立するし。
「皇帝を暗殺しようとして毒を仕込んだのって、あいつかな。俺は濡れ衣着せられて散々だ」
夜鳥が眉間にシワを寄せて呟く。
「どうかな。暗殺事件は、俺たちが異世界に来た直後だろ。タイミング的に、こっちに来てすぐに暗殺に行くとは思えない。だけど全く関係ない訳でもなさそうだ。皇帝が回復してすぐに見舞いに来たのは、毒がどうなったか確かめに来たんだろうし」
俺は考えながら答える。
「黒崎……魔神ベルゼビュートが何かしてそうだよな。
「神聖境界線か……」
夜鳥の言った「神聖境界線」とは、人間に味方する七神が力を合わせて張った結界だ。この結界はLv.500以上の強い魔族を通さない仕組みになっていて、結界の内側では魔族は弱体化する。
つまりアウロラ帝国内にLv.800のマルチプライが出現するはずがないのだが、そこは神聖境界線を通らないように工夫したか、それか帝国内でLv.800になるまで育てたのだろう。あとは先ほどの三雲のようにレベルを可変にするという手もある。
『止まれー!』
リーシャンが目からビームを放ち、跳躍する三雲を撃ち落とした。
もうすぐ帝都の外だ。
建物も人も少なくなっているので、戦闘をするにはちょうどいい場所である。
「三雲啓!」
俺は奴の気を引くためにフルネームを大声で呼んだ。
三雲は振り返ってこちらを見る。
「なぜ帝都に魔物を放った?! 黒崎の指示か?」
言いながら、リーシャンの背中から飛び降りた。
もともと日本の標準的な学生並の体力しか無かった俺だが、異世界のレベルと能力が加算された今では、多少高いところから跳んでも平気になってしまった。
夜鳥に言わせると、地球生まれの身体は異世界で生まれ育った身体より弱いそうだが、それでも普通の人間よりは頑丈だ。
「黒崎さんは関係ない……僕は、アウロラ帝国の人間を全部、人形にしてやるんだ……!」
三雲はひび割れた声で俺に答える。
「もともと僕はずっと帝都に潜伏して、この国を内側から破壊するための工作を進めていた……僕の夢は、永遠に壊れない人形を造ることだ」
「永遠に壊れない人形?……永遠に壊れないモノなんてある訳ないだろ」
「そんなことはないっっ!」
俺の言葉に、三雲は怒ったようだった。
声を荒くして主張する。
「お前らは皆そう言う! だけど僕は夢を叶えるんだ! 今に見ていろ……!」
「そのために人の命を犠牲にするのか?」
「人間なんてどうだっていい」
およそ正気とは思えない回答だ。
三雲だって同じ日本人だったはずなのに、ここまで考え方が変わってしまうほど、異世界で何があったのだろう。
夜鳥が俺の隣に立ってナイフを構える。
「説得なんて無駄だぞ、枢」
「分かってる」
俺は夜鳥に「時間を稼いでくれ」と小声で頼んだ。
夜鳥は頷いて、三雲に向かって跳躍する。
「――
永遠に壊れないものなんてない。
もしあるとすればそれは、純粋で尊い人の願いだけだ。
「陽の光、月の光、星の光を束ねる……
魔族に特攻効果のある魔法を放つ。
俺の合図に従って、夜鳥がさっと三雲から離れた。
銀光の柱が天から降り、真っ直ぐに三雲を包み込む。
「うぎゃああああああっ」
絶叫する三雲の姿が段々透明になっていく。
俺は彼の最後を目に焼き付ける。
もし魂が流転するなら、今度こそ地球で、大事な人たちと幸せな人生を送って欲しい。
――ウサギさん、一緒にピクニックに行こう!
眩しい光の中、少女が小さな手を三雲に差し出す。
良かった。
今度は手を握って一緒に遊べるね。
三雲は安堵して、小さな手を重ね合わせた。
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