45 馬鹿野郎、信じてるからな*

 小早川真にとって、近藤枢という幼馴染みは理性と良心の道しるべだ。

 お人好しな枢の言う事は正しい。

 嘘を付きすぎて、何が自分の本当か分からなくなった時は、とりあえず枢の言葉を信じて行動する。そうして辛うじて、真は闇に堕ちずに明るい場所に踏みとどまっていられるのだ。

 

「踊れ、僕の人形!」

 

 三雲は、刃物を持った人形を数体、召喚した。

 人形に囲まれて、真は後退りする。

 

「くそっ……!」

「一対一で、お前と戦ったりはしないさ。お得意の詐欺師スキルで、一発逆転されるからな」

 

 黒崎たちは、真のスキルを熟知している。

 これは詰みかな。

 真は覚悟を決めて、隠し持っていた爆破アイテムを壁に叩きつけた。


 

 

 

「食らえ、聖炎斬ファイアスラッシュ!」

 

 大地が、帝都の下層を襲う古き魔物に斬りかかっていく。

 上層から飛び降りながら、白い炎をまとった剣を敵に叩きつけた。

 

「おお~」

 

 俺は橋の上から戦いを見下ろして、歓声を上げる。

 

「ふむ。そなたの仲間も中々の剣士であるな」

 

 エルロワが俺の隣で言った。

 大地の一撃で、古き魔物の羽が一枚もげた。

 思っていたより弱いな。

 これは俺が手を出す必要は無いかもしれない。

 俺は鑑定を発動した。

 

『マルチプライ Lv.800』

 

 レベルが高いというのが第一印象だ。

 そしてモンスターの名前……これはどういう意味だろう。

 

「見てくれた、椿ちゃん! 心菜さんばっかり目立ってるけど、俺だってそれなりに出来る男なんだぜ!」

「うざい」

 

 大地は橋の上で観戦する椿にアピールするが、当の椿に冷たくあしらわれていた。

 夜鳥が腕組みして言う。

 

「レベルの割に大したことないな。大地さんが倒しそうだ」

「……待て」

 

 ちょうど大地が、古き魔物の胴体に剣を突き刺したところだった。

 バーンと音を立てて、風船が割れるように魔物の体がはぜる。

 

「っつ、結界シールド!」

 

 俺は考える時間もなく本能的に、魔物の周囲に結界を張った。

 爆発四散した魔物の破片が透明な壁に弾かれて落ちる。

 魔物の破片はぞわぞわと小さな虫の群れになって、結界内を這い回り始めた。

 

「うわっ、キモ!」

 

 大地は虫にたかられて逃げ回る。

 虫一匹一匹がLv.50以上だ。

 レベルの高い大地でも、あんな無数の魔物に飛びかかられたら、長くは持たないだろう。

 

「あはははっ、かかったな!」

 

 どこからともなく笑い声がして、向かいの建物の屋根に、三雲が姿を現した。

 

「その男を助けたければ結界を解くしかない! だが結界を解けば、帝都中に分裂した魔物が飛び散るぞ!」

 

 三雲は俺を挑発してくる。

 

「それとも仲間ごと魔物を焼き払うか?! あはは、できないよなあ、お前らは! 思いやりや優しさなんて不確かなモノを大事にして、目的を遂げることなんかできるはずがない!」

 

 お人好しで悪かったな。

 確かにお前らのやり方は効率的だろうよ。

 自分が生き延びるために、誰かを犠牲にすることが正義だと主張するのが魔族だ。

 エルロワが険しい顔をして剣を抜いた。

 

「カナメ殿。余はこのアウロラ帝国の皇帝として、決断をせねばならぬ」

「ちょっと待て」

「ダイチ殿には申し訳ないが……帝都の民を守るため、守護神カルラの灼熱の炎にて、この一帯を焼き払う」

 

 皇帝として判断を下すエルロワ。

 聞いていた椿が急に焦った顔になった。

 

「近藤枢、あの馬鹿を助けなさいよ! 言っとくけど同情した訳じゃないからね! 荷物持ちがいなくなると困るだけで!」

 

 なんだ大地の奴、意外と好かれてるじゃないか。

 だが、俺たちの制止を聞いていなかったかのように、皇帝エルロワが剣をかかげて呪文を唱え始めた。

 

「我が神、破壊と再生を司る炎神カルラよ……」

「待てっつってんだろ」

「なっ……?!」

 

 俺はエルロワの手を掴んで止めた。

 周囲の兵士がざわめくが、頭上にリーシャンが舞い降りたので動きを止める。

 

「他人の言葉を聞け、皇帝陛下。あんたのその耳は只の飾りなのか?」

「……余にそのような暴言を吐いたのは、そなたが初めてだ。自信があるのだろうな」

「もちろん」

 

 睨むエルロワの手を離し、結界に閉じ込めたままの魔物の方に向き直る。

 

「しょーもない魔物をけしかけやがって。見てろよ」

 

 俺は、結界内全体に向かって弱い電撃の魔法を放った。

 

「枢さん俺を巻き添えにして酷いっす! え? あれ? そんな痛くない?!」

 

 電撃を浴びた大地が驚き慌てたが、途中でダメージが少ないことに気付いたらしく呆然とする。

 大地はレベルが高く聖騎士のクラスなので防御力と体力が半端ない。俺の加減した魔法は、分裂でレベルが低くなった魔物のみに大ダメージを与える。

 魔物は次々倒されていき、分裂を繰り返す。

 やがて塵のように細かくなった魔物はLv.1になってしまった。

 最後は大量の土くれになって消滅する。

 

「無限の増殖を繰り返し人間の国をいくつか滅ぼしたこともある、古き魔物だぞ! こ、こんな簡単に倒されるものか……?!」

 

 三雲が絶句した。

 

「隙あり」

 

 いつの間にか、三雲の背後に回り込んでいた夜鳥が短剣を突きつける。

 三雲は顔を引きつらせた。

 

「これで勝ったつもりか? さっきの虫は病原菌を帝都中に撒き散らした! 僕を殺せば、病気を防ぐ手がかりが失われるぞ!」

 

 バイオテロかよ。厄介だな。

 

「嘘だ!!」

 

 幼馴染みの真の声だ。

 見回すと、建物の陰から、血まみれの真が這い出してきたところだった。

 

「そいつの言ってることは嘘だよ、枢っち。自分が生き残るための、口から出任せだ」

 

 真の姿を見た三雲は、口から泡を飛ばして反論する。

 

「詐欺師の言葉を信じるのか、近藤枢!」

 

 続く言葉に、俺以外の人間は、真を疑いの目で見た。

 

「そいつ、小早川真は、魔族と協力して一国を滅ぼした詐欺師だぞ! 今もお前らを裏切って帝都に魔物を呼び込む手伝いをした。そいつの言う事を、信じるというのか?!」

 

 エルロワは厳しく、真を見定めるように見ているし、単純な大地は三雲の言葉を信じたらしく、嫌悪の表情を浮かべている。

 

「……」

 

 数十メートルの距離をおいて、俺と真の視線が絡み合った。

 俺は口を開く。

 

「真は俺の友達だ。俺を裏切ったりしない」

 

 だいたい信じる信じない以前に、敵の三雲と、幼馴染の真と、どっちを信じるかって話だ。

 そんなの答えは簡単だろ?

 

「枢……」

 

 一瞬、真が泣きそうな顔をした。

 しかし同時に地面が揺れて爆発音が響いた。

 

「枢っち、これは陽動だ。もう一匹、同種の古き魔物が潜んでる!」

 

 真の警告と同時に、地面が派手に盛り上がって、もう一匹のマルチプライが姿を現す。

 今度は下手に攻撃したりしない。敵の性質は分かったからな。

 俺は落ち着いて魔法を使った。

 

琥珀封呪アンバーシール!」

 

 地面から染み出した黄金色の液体が魔物を飲み込み、瞬時に魔物を封印した琥珀を形成した。

 俺が拳をグッと握りしめると、琥珀は粉々になって周囲に飛び散る。

 魔物の欠片を内包した宝石が地面に散らばって、陽光のもとキラキラ光った。

 

「……そんな馬鹿な」

 

 三雲が膝を落としてへたりこむ。

 俺たちの完全勝利だ。

 

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