44 古き魔物*

 特殊魔法・慈天の雷。

 俺の得意な雷撃魔法は、天空神でもあるカルラに通用しない。しかし、祝福の竜神リーシャンのバックアップを受けた水属性のこの魔法なら。

 

とどろけ、雷鳴!」

 

 上空の黒雲から生じた雷は、皇帝エルロワのすぐ近くの床に直撃した。

 一拍遅れて雷特有の重苦しい音が響き渡る。

 

「ひっ」

 

 雷が落ちた場所からギシリと亀裂が走った。

 間近で炸裂した落雷に、さしもの皇帝も動揺している。

 

「……次は当てるぞ」

 

 俺は片腕を前に伸ばして狙いを定める。

 その時、床に走った亀裂から、クモの巣のように闘技場全体に破損が広がった。

 やばい、闘技場が壊れそうだ。

 

『竜神の援護を受けたとはいえ、なんて威力なの。カナメ、やはり貴方は私の好敵手……痺れるわ!』

 

 なぜかカルラは感動している。

 そういうのは良いから、さっさと降参してくれよ……。

 

「素晴らしい! だが、まだまだこんなものではないぞ! 守護神カルラの絢爛華麗な炎舞を見せてくれよう!」

 

 エルロワが剣をかかげて呪文を唱え始めた。

 まだやるのか。

 その時、闘技場に立つ俺の前に、懐かしい造形の紙飛行機が飛び込んできた。

 

「待て」

 

 俺は戦いを止めて、紙飛行機を拾う。

 紙飛行機の折り目を広げると、見覚えのある筆跡で「ルール2, 2f」と書いてあった。


「真……」

 

 それは、幼馴染みの俺と真の間だけで通じる伝言だった。

 

「皇帝、戦いは一旦止めだ。急いで帝都の第一層に向かう」

「何……?」

「説明は後だ」

 

 俺は闘技場から飛び降りた。

 

「枢さん?!」

「待て!!」

 

 皇帝は俺を追って飛び降り、追いかけっこが始まる。

 突然はじまった騒動に、観客席の夜鳥たちは目を白黒させた。

 

「逃げる気か?! 者ども、足止めせよ」

 

 兵士たちが皇帝の命令で、出入口を封鎖するが、俺は壁を蹴って跳躍し、楽々と突破する。

 夜鳥、大地、椿の三人は、遅れて俺の後を付いてきた。

 

「もうこのまま逃げちゃおうぜ……」

「そんなことをしたらお尋ね者になるっすよ!」

「何を考えてるのよ近藤枢!」

 

 口々に文句を言う夜鳥たち。

 だがレベルが高いので誰も兵士に捕まらず、余裕で門を飛び越える。

 宮殿のある街の最上層から、一般市民の住む下層へ、どんどん降りていく。

 

「……追い付いたぞ。貴様ら」

 

 しかし、黄金の翼を背負ったエルロワが、空から華麗に舞い降りて、俺たちの前に立ちふさがった。

 

「どういうつもりだ?!」

 

 エルロワが剣を振りかざして、俺たちを詰問しようとした時。

 突如、市街地に火の手が上がった。

 空を飛んできた皇帝に向かって、兵士が声を上げる。

 

「……エルロワさま、大変です! 何者かが帝都内に魔物を放ち、暴れさせております!」

「何?!」

「魔神の加護を持つ、古き魔物にて、一般の兵士では歯が立たず! 聖なる神の力を、どうか!」

 

 神聖魔法が弱点の魔物か。

 普通の人間は地水火風の属性魔法を使うから、数百年かけて純粋な闇の力を蓄えた古き魔物には対抗できない。

 

「間に合わなかったか」

「カナメ……」

 

 リーシャンが俺をなぐさめるように、小さな前足を肩に置く。

 真が送ってきた伝言は「マイナス1, 二階」で要約すれば「帝都の一層でトラブルが起きる」という意味だった。

 

「カナメ殿、そなたは事件を見越して……」

 

 エルロワは、俺に向けていた剣を下げる。

 

「……勝負はお預けだ。帝都を襲う魔物の討伐に、手を貸していただけるか」

「もちろん。困った時はお互い様だ」

「感謝する」

 

 ふう、何とか分かってもらえた。話が通じる皇帝陛下で良かったぜ。

 大地と夜鳥、椿が駆け寄ってくる。

 

「魔物退治、俺も協力するっすよ!」

 

 と、大地。

 

「古き魔物……もしかして」

「何か心当たりがあるのか、椿」

 

 椿は何か思い出したように、顔をしかめている。

 

「……心当たりがあっても、敵のあなたたちには教えないわよ……」

「ふーん?」

 

 椿の声音は弱く、気持ちが揺れているようだった。

 はっきり黒崎の味方だと宣言するなら問い詰めるが、俺たちに仲間意識を抱き始めてるなら、ここは責めずに本人の意思を尊重した方が良いだろう。

 俺は椿にそれ以上突っ込まなかった。

 それよりも……。

 

「どこにいる、真……!」

 

 見つかるかもしれないリスクを冒してまで、警告を送ってきた真の身を案じ、俺は燃えている市街地を見回した。

 

 

 

 

 その頃、枢の幼馴染みの青年、小早川真こばやかわまことは、帝都を襲う混乱の真っ只中にいた。

 隠れている建物の三階の窓からは、帝都の大通りを暴れまわる、ちょっとした竜サイズの魔物の姿が見える。

 魔物は巨大なハエのような姿をしていた。

 しかし真が地球で知っている昆虫のハエより羽が小さく、代わりに太く鍵爪の付いた節足が複数本生えている。頭部の赤い複眼は禍々しい。逃げ回る人々を節足で引っ掻き、建物を破壊して回っていた。

 

「……派手なことをしやがるぜ」

「何か不満があるのか?」

 

 黒崎の手下の三雲が、真の呟きを拾って咎める。

 

「いーや」

 

 真は首を横に振った。

 魔物を帝都に放った三雲に協力している立場だ。

 思うところがあったとしても、口に出して言える訳がない。

 

「そういえば昨日、謁見の間で近藤たちに会ったな。日本刀を持った女の子がいなかった。あの子は可愛いから人形にしたかったのに」

 

 三雲は魔物の暴れようを観察しながら、真に話を振ってくる。

 真にとっては触れたくない話題だった。

 

 ごめん、枢っち。皆……。

 

 真が異世界転生した国は、小国エメロード。

 貧しく恵まれない家で生まれ育った真は、大切な人を守るために犯罪行為にも手を染め詐欺師となり、魔神の口車に乗ってエメロードを崩壊させたのだ。

 地球に戻り、魔神の一派との縁は切れたと思っていた。

 だが今は、昔の事を持ち出されて、黒崎たちに協力することを強要されている。

 

「……なんだ? 迎撃が早い……あれは、近藤か?!」

 

 突然、三雲が驚愕の声を上げた。

 市街地で暴れる魔物に、強力な魔法の攻撃が加えられる。

 そこには昨日、再会したばかりの枢たちの姿があった。

 

「早すぎる。まさか……小早川真!」

「……ふはっ」

 

 三雲の慌てぶりに、真は吹き出して笑った。

 

「気付くの、遅すぎだってーの」

 

 簡単な魔法を使って、紙飛行機を飛ばしたのを気付かない三雲の間抜けぶりを笑ったのだ。

 意図は正確に伝わった。

 三雲の表情が憤怒に歪む。

 

「今さら、どういうつもりだ?! 魔族にくみしたお前を、光の神々の側である奴らが受け入れるはずがない! お前は自分で自分の首を絞めている!」

「たとえ、てめえの言う通りだとしても」

 

 真は、こっそり三雲と距離を取り、逃げる準備をしながら言った。

 

「俺は、枢っちのために動く。相棒だからな」

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