43 卑怯と言うなかれ

 なぜか夜鳥をめぐり、俺は皇帝エルロワと魔法勝負をすることになってしまった。

 皇帝が負けたりする姿を臣民に見せるのはマズイということで、あくまでも身内に限り観覧可の、厳密には練習試合的な扱いである。

 魔法勝負を見守るのは将軍や皇帝の家族と、俺の仲間の大地たちだけだ。

 

「空に特設ステージを用意いたしました」

「は? 空?」

 

 アウロラ帝国の宮廷魔法使いは暇なのだろうか。

 わざわざ手間暇かけて、石の闘技場を帝国の最上層に浮かせたらしい。俺を闘技場に案内した宮廷魔法使いは、無表情だがちょっと得意げだった。

 

「どうだ、カナメよ。アウロラ帝国の魔法技術はすごいだろう?!」

「ああ、すごいすごい」

 

 エルロワは俺に闘技場を自慢してくる。

 俺はおざなりに同意した。

 

「この円形闘技場は、床が回転するようになっている!」

「ちょっ……」

 

 何の意味があるのか、電子レンジのガラスのテーブルのごとく、闘技場の床は回転を始めた。

 目が回りそうだ。

 

「どうだ、恐れ入ったか!……うっ、吐き気が」

「陛下、お気を確かに!」

 

 阿呆か。

 宮廷魔法使いが慌てて闘技場の回転を止めた。

 

「……ふーー。余をおだてて闘技場を回転させるとは、そなたの作戦、見事であった」

「誰も作戦なんか立ててねえよ」

 

 エルロワは額の汗をぬぐって爽やかな笑みを浮かべる。

 半眼になる俺を無視して、観覧席の夜鳥に手を振った。

 

「ヤトリよ。余の華麗な勝利に期待せよ!」

「むしろ負けて欲しいんだけど!」

「そうか余を信じてくれるか」

 

 夜鳥の悲鳴を涼しい顔をして聞き流すと、エルロワは俺に向き直り、剣を抜いた。

 鍔の部分に魔法石が付いた剣だ。

 おそらく魔法使いの杖の役割を果たす、剣の形をした魔道具なのだろう。

 この異世界アニマでは、魔法を使うには媒体となる魔道具が必要だ。しかし、中位以上の魔法使いは杖無しでも魔法を使えるため、媒体は必須ではない。そして高位魔法は、詠唱と媒体の魔道具、両方が必要だ。

 

「我が神、破壊と再生を司る炎神カルラよ! その天上の炎をもって、我が敵をことごとくうち滅ぼしたまえ! 我が名はエルロワ・イル・アウロラ。汝と契約せしアウロラ皇帝の裔なり!」


 エルロワは剣を正眼に構え、呪文を唱えた。

 

『……エルロワ。私の愛しい子。我が神炎にてお前の敵を余すことなく滅却しましょう』

 

 皇帝の背後に、不死鳥の姿が浮かびあがる。

 不死鳥が翼を広げると、炎で出来た羽毛が闘技場全体に舞い散った。

 

「っつ、光盾シールド

 

 俺は防御の魔法を使う。

 六角形の水晶に似た半透明の盾が周囲に立つ。

 カルラが放った火の粉が盾にぶつかってはじけた。

 

「さすがカルラの炎……光盾シールドを燃やす、か」

 

 半透明の光の盾が、炎に舐められて薄くなっている。

 エルロワが勝ち誇ったように言った。

 

「我が守護神カルラの炎は、魔法そのものを燃やすのだ! 防御など意味がない!」

 

 カルラの炎は、魔法を構成する魔法式を燃やす。

 いくら強固な防御魔法を使おうと、意味がないのだ。

 ここが俺のフィールドであるアダマス王国なら、無限の魔力でもって幾重にも光盾を展開し、防ぎきることも可能なのだが……カルラのフィールドであるアウロラ帝国では、俺の力は制限される。

 黒崎と戦った時みたいに杖を使えば他にも方法があるが、生憎あの戦いで杖を使いきってしまった。

 

「降参するなら、今のうちだぞ!」

 

 エルロワが呼び掛けてくる。

 じわじわとなぶる炎が、俺の光盾を溶かしていく。

 

「……火に対抗するなら、雨だろ」

 

 俺は空を見上げる。

 抜けるような蒼天に、黒雲が沸き始めていた。

 

「何だ? アウロラ帝国の空は守護神カルラが制覇しているのに、雨雲だと?!」

 

 俺の視線の先を見たエルロワが、怪訝そうにした。

 

「貴様、何をした?!」

「……この勝負は、神様の力を借りてもいいんだろう」

 

 エルロワの問いかけに、俺は薄く笑う。

 皆すっかり忘れているようだが、ここにはもう一体、神がいるのだ。

 俺は空に手を伸べた。

 

「力を貸してくれ、リーシャン!」

「!!」

 

 急激に沸き起こった黒雲から、パラパラと雨が降り始める。

 

『もちろん、僕は君の友達だからね!』 

 

 黒雲の中から黄金の光と共に、白竜が舞い降りた。

 祝福の竜神リーシャン。

 光の雨が闘技場に降る。

 カルラの炎を鎮火する竜神の雨だ。

 

『えええっ、そんなのアリ?!』

 

 エルロワの背後で、カルラが動揺している。

 卑怯というなかれ。

 そもそも人間の勝負に首を突っ込んでくるお前が悪い。

 

「ごめん、カルラ。勝たせてもらうな」

『ぐうの音も出ない~~!』

 

 俺はリーシャンと力を合わせて、魔法を使った。

 

 

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