42 その勝負、受けて立つ!*
「皇妃なんて冗談じゃない! 少女漫画の主人公かっての! ああ、鳥肌が立つ……」
「落ち着け夜鳥」
「これが落ち着いていられるかああぁっ!」
夜鳥、大乱心。
宮殿の客室に通された俺たちは、これからどうするか話し合っていた。
皇帝エルロワは夜鳥を引き留めようと必死なため、仕方なく客分として紫炎宮に留まることになっている。
夜鳥が普通の旅の娘だったなら、問答無用で後宮に入れられてジ・エンドだったんだろうな。
俺が守護神カルラの連れてきた客人ということで、皇帝も無理はできないようだった。
「何か理由を見つけて、穏便に出ていきたいところだな」
「ひどい……ひどい……」
夜鳥は布団をかぶってシクシク泣いている。
放っておくと皇帝が夜這いを掛けてきそうだったので、俺はわざと夜鳥の部屋に居座っていた。
何かと理由を付けて夜鳥を訪れようとする皇帝を追い返しながら、夜が更けていく……。
次の日、回復した皇帝は仕事を再開したようだった。
「あいつが忙しくしている間に出て行こうぜ」
「だな」
公務が忙しい皇帝の隙を見計らい、宮殿を辞そうと夜鳥と話していると、透明になって付いてきているリーシャンが気になることを言った。
『待ってカナメ。近くにカナメの仲間の気配がする』
「何?! 夜鳥や大地たちとは違うのか?」
『うん、違うみたいだよ』
リーシャンは『こっちこっち』と言って、宮殿の中庭をふらふら飛び始めた。
俺たちはリーシャンの後を付いて歩き出す。
召使や護衛がさ迷い歩く俺たちを遠慮がちに止めようとしたが、適当に振り切って進んだ。
皇帝の寝所がある紫炎宮を出て、政治が行われる謁見の間に近づく。
「おお、ヤトリではないか。近くに寄れ」
俺たちに気付いた皇帝は、謁見の間に招き入れてくれた。
ちょうど外国の大使館の役人が、皇帝の快癒を聞いてお見舞いに来ていたらしい。
「アウロラ帝国の皇帝陛下がご病気から快復されたとのこと、心よりお祝い申し上げます。こちらは我が国サフィーラの特産の桃にございます。滋養の付く食べ物ですので、ぜひ召し上がっていただきたく」
役人が平伏しながら口上を述べている。
挨拶している役人の後ろには二人の男性が控えている。
俺は彼らを見て驚愕した。
ミクモ(
童顔の男、ミクモは、以前戦った黒崎の仲間だ。
ステータスを偽装しているので、本名が見えるのは看破した俺だけだ。括弧内が本当のステータスである。
ミクモは俺を見てうっすら笑みを浮かべた。
雰囲気が前に会った時から変化している。
地球で会った時はパーカーを羽織ったオタクの少年だった三雲だが、暗そうな眼差しはそのままで大人になっていた。レベルも少し上がっていて、種族とクラスが微妙に違う。
そしてもう一人。
シン(
探していた仲間、幼馴染の真だ。
明るい茶髪は項まで伸ばし、耳に開けたピアス穴にはシンプルなリングを通している。制服を着ていると不良に見えたのが、異世界の服装をしていると真面目に見えるのが不思議だった。
真は俺と目があっても冷静な顔をして無視してくる。
どうしてお前が敵の三雲と一緒にいるんだ?
俺は混乱した。
「近藤……大丈夫か?」
「あ、ああ」
夜鳥が俺を気遣った。
「それでは私どもはこれにて」
サフィーラの役人と三雲と真は、謁見の間を出ていく。
「カナメ殿。何か気になることがあったか?」
皇帝が俺の様子に気付いて、声を掛けてきた。
「いえ……知り合いに似ていたもので」
俺は咄嗟に言いつくろう。
「そうか。ところで、ヤトリへの求婚についてだが」
皇帝は熱のこもった視線で夜鳥を見つめた。
「余にも機会が欲しいのだ。夜鳥よ、そなたはカナメ殿のどういった点を好いているのだ?」
「え? ああ、頼りになるところとか」
夜鳥はしどろもどろに答える。
「頼りになるとは具体的にどういうところなのだ? 余の方が財力も権力もあるだろう。知恵や武力も、カナメ殿に負けない」
「魔法は枢の方がすごいんじゃ?」
「魔法か!」
皇帝は俺の方に視線を移した。
ああ、嫌な予感。
「確かに余の病を完治させた腕前、見事なものである。だが、回復魔法以外はどうだ? か弱き女子を守るには、攻撃魔法も時には必要であろう」
「……」
「余と魔法の勝負をしようではないか。カナメ殿が勝てば、余は求婚を諦めるとしよう!」
謁見の間にいた臣下たちが「皇帝陛下?!」「危険なことはなさらないでください」「いや守護神カルラさまの力を借りられる皇帝陛下に勝てる者がいるだろうか」などと口々に騒ぎ出す。
俺は真を追いかけたくて気もそぞろだった。
夜鳥をめぐる面倒な騒動は、はやめに片付けたい。
「分かったよ。魔法の勝負をしようじゃないか。その代わり、俺が勝ったら夜鳥を連れて出ていくからな!」
俺は勝負を受けて立った。
「待て……!」
夜鳥の件を片付けて皇帝の御前を辞した俺は、急ぎ、真の後を追った。
幸い、サフィーラの役人が貢ぎ物の献上録に記帳するのに時間がかかっていたおかげで、真たちはまだ宮殿の中にいた。
「話がある」
扉を開け放って言った俺を見て、役人連中は戸惑った顔をする。
真はへらりと笑った。
「すみません、彼とは旧知の仲でして。少し話して来ますね」
「手短に済ませるように」
「はーい」
俺たちは廊下に出た。
「……どういうことだよ」
「何が?」
「なんで黒崎の仲間と一緒にいるんだ」
俺は、へらへら笑う真の襟元を掴んで揺さぶってやりたい衝動を必死で抑え、問いかけた。
「元から黒崎の仲間だったって言ったら?」
「!!」
「枢っち、お人好し過ぎ。そんなんじゃ長生きしないぜ」
いや、千年くらい長生きしたけどな。
「俺たちをずっと騙してたのか?」
「詐欺師だからね」
真は、俺の疑問を肯定した。
おかしいだろ。
代々木のダンジョンに入る直前、明らかに真は黒崎たちと接触するのを避けていた。奴らと関係があるにしても、仲間だってのはあり得ない。
何か事情があるのだろう。
だが、ここで問い詰めたところで、真は本当の事を言わない。
「嘘付きだな、お前は」
「あはは」
嘆息すると、真は明るく笑った。
「ごめんね、枢っち。俺ったら、魔族に荷担して国を滅ぼした極悪人なんだわ」
「たかが詐欺師が?」
「ひっどー。特殊スキルで、どんな強い相手でも一発逆転できるんだぜ。それで美人なお姉さんを捕まえて、金と権力も手に入れて、ウハウハ天国な異世界生活を送った訳」
真の言葉は嘘だらけだ。
裏返せば本当になる。
なるほど。美人なお姉さんに同情して、金と権力を注ぎ込んで、後悔しかない異世界生活を送ったんだな。
「また魔族とつるんで、甘い汁を吸おうかなーと企んでるとこ。じゃーそういう訳で、枢っちとは、ここでお別れだな。バイバイ」
真はヒラヒラ手を振って別れを告げた。
手続きが終わったのか、役人連中とミクモが、俺たちの会話が終わるのを後ろで待っている。時間切れか。
「何が、バイバイだ。その内、じっくり事情を聞かせてもらうからな!」
俺は憤懣やるかたない胸中を押し殺して、立ち去る真たちを見送った。
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