41 ひとめぼれ
翌日、俺はカルラとの約束を果たすため、ひそかに皇帝が寝ているという紫炎宮に向かうことにした。
「俺も一緒に行っていいか」
「夜鳥」
大地たちにはカルラの神殿で待っていてもらうつもりだったが、夜鳥は俺に同行したいと申し出た。
「構わないけど、なんで?」
「……あの女が、女性の格好してるなら膝を閉じろとか、うるさいんだ」
夜鳥はげっそりした顔で「椿と一緒にいたくない」と言った。
体が女の子になってしまって色々苦労しているらしい。
仕草がガサツで女性らしくないので、女性の椿は気になるようだ。
「なあ枢、俺の体、元に戻せないかな……?」
「そうだなー、考えておくよ」
たぶんアマテラスを起こして憑依を解けば、元に戻る。
今すぐは無理だが、その内方法が見つかるだろう。
俺と夜鳥は連れだってアウロラ帝国の上層にある城に赴いた。
神官の案内で城の裏口から、紫炎宮に入る。
華美な装飾が施された宮殿の中を進み、立派な天蓋付きのベッドに眠る皇帝を見舞った。
皇帝エルロワは繊細な容姿の青年だった。
蒼白な顔色で眠るエルロワをのぞきこむ。
『どう? 治せそう?』
こっそり姿を消して付いてきているカルラが、俺に尋ねた。
「……これ、毒じゃなくて、呪いだよ。なんで毒だと思ったんだ?」
事前のカルラの話だと、暗殺者の毒で寝込んでるということだったが。
ざっとステータスを確認すると状態が「傀儡毒」とある。毒と付いてるので一見間違えそうだが、鑑定で詳細を確認すると魔法による呪いの一種だった。
『私は細かい診断は苦手なのよ! それよりも、呪いは解けるんでしょうね?!』
「はいはい……
俺は皇帝エルロワに掛かった呪いを解いた。
「……うーん」
エルロワの頬に赤みが射し、昏睡状態から目が覚める。
彼は瞳を開けて、茫洋と周囲を見回した。
「大丈夫かよ」
夜鳥が俺の隣から、ひょいとエルロワをのぞきこむ。
「!!」
次の瞬間、エルロワは目を見開き、夜鳥の手をつかんだ。
「結婚してくれ!」
「は?」
病人の手を振りほどくのが憚られたのか、夜鳥は手を握られたまま仰天している。
「何て美しい女性なんだ……!」
おい、この皇帝、頭大丈夫か。
俺に解けない呪いが残ってるんじゃないだろうな。
『エルは惚れっぽいのよ』
カルラが補足する。
夜鳥は後ろに下がろうと必死だ。
「困ります……てか、困るって! どこに目を付けてんだ、このすっとこどっこい!」
「大人しそうなのに、乱暴な物言いがそそるな。式はいつにする? 余の妻になれば、この国がそなたの物になるぞ」
「国なんかいらん!」
「何て慎ましいんだ。気に入ったぞ」
エルロワは勝手にフィーバーしている。
会話が噛み合っているようで、噛み合ってない。
『カナメが連れてきた人間なら間違いがないし安心ね! ちょうどエルのお嫁さんを探していたところだったのよ。その娘からは太陽の気配がするし、炎神の私とも相性が良さそう!』
恐ろしいことにカルラも乗り気だ。
「枢、助けてくれ!」
夜鳥は必死に俺に助けを求める。
不運にも性転換した上に男に襲われそうになっている状況に、さすがに同情した俺は間に割って入ることにした。
「待て、皇帝エルロワ。夜鳥は俺の連れだ」
「連れ? そなたの婚約者ということか?」
「いやそれは」
仲間という意味で「連れ」と言ったのだが、途中でちょうど良いと思い直して、俺は誤解させたまま話を続けた。
「……そうだ。俺の連れに手を出すな」
「む……余も簒奪者のそしりを受けたくない。まずは友人から入り、丁寧に口説き心を手に入れて、しかるのちに正式に妻としよう。ところでそなたは何者だ?」
ここでカルラが姿を表した。
部屋に入るサイズの不死鳥の姿になって、幻の炎をあかあかと燃やす。
周囲にいた神官や護衛が一斉に平伏した。
『エルロワよ……この者はお前の病を治すため、私が呼び寄せた者。くれぐれも丁重に扱うように』
「守護神カルラさま?! 承知しました」
エルロワは両手を顔の前で組んで軽く頭を下げ、敬意を表した。
言うだけ言った後、カルラはパッと火の粉を散らして消える。
神様らしい演出だった。
「そなたは余の命の恩人なのだな。誰ぞ、この二人にもてなしを」
上体を起こしたエルロワは、召し使いに指示を出す。
「いや、俺たちは帰るんで……」
「余にその娘を口説く機会を与えてくれ」
皇帝に真面目な顔で頼まれて、俺は顔を引きつらせた。
ふざけんなと振り切って出て行くには、相手が大物過ぎる。この国にいる間はカルラを敵に回したくないし……どうしたものか。
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