31 お前なんで海賊になってるの?
海賊が攻めてきたと聞いた俺は、リーシャンと一緒にトラブルから逃げようとした。しかしリーシャンは「カナメの仲間が海にいる」という。
単純に考えると、心菜たちが海賊と一緒にいるということか。
「枢たん! 心菜は今日から海賊にジョブチェンジで切り放題にゃ!」
唐突に、笑顔でそう言う心菜が思い浮かんだ。
ちょっとありそうで怖い。
「ともかく海に行くか」
俺は頭を振って気持ちを切り替えた。
この街の領主マリアはどうにも胡散臭い。
早めにもらうものをもらって出て行こう。
幸い、もてなしを受けたおかげで現地の服装に着替えることができた。財布とスマホは、ウェストポーチに入れている。ウェストポーチは地球でダンジョンに入る時に、身軽に動けるよう準備していたものだ。
「あ、マリアさん。腕時計の換金は……」
「竜神さま、カナメさま。海賊に襲われた街を放って飛んでいかれるのですか? 慈悲深い竜神さまが、まさかそのようなことはなさらないですよね」
マリアはにっこり笑って圧力を掛けてくる。
「カナメー」
リーシャンは泣きそうだ。
強引に金や服をもらってトンズラしても良いのだが、俺もリーシャンも真面目なタイプだ。ついつい人助けしてしまう性格じゃなきゃ、俺も聖晶神なんてやってなかったろう。
「竜神さま……」
マリアはともかく、街の人は本気で困っているようだ。
すがるような目で俺たちを見ている。
「竜神は戦いを好みません。海賊を追い払うだけでいいですか?」
俺はリーシャンの前に立って、領主のマリアと交渉した。
「はい、もちろんです」
「それから竜神が戦いに介入するのは、この一回だけです。いたずらに人の世界に干渉するのは良くありませんから」
ずるずる人助けさせられないよう、俺は釘をさした。
「竜神さまの寛大な御心に感謝します」
しおらしく頭を下げるマリア。
俺はリーシャンに「乗せてくれ」と頼んで背中によじ登った。
リーシャンは翼を広げて離陸する。
「ご飯おいしかったね、カナメ!」
「そうだな」
腕時計は渡したままになってしまった。
しかし換金を要求すると、領主マリアにつけこまれて利用されそうだ。ここはタダ飯が食べられて良かったと思うことにしよう。
リーシャンは俺を乗せて海の上を飛んだ。
ドクロマークの旗印の帆船が見えてくる。
旗を掲げた船を先頭に、五隻の船が街に向かって大砲を撃つ準備をしていた。
身体を斜めに傾けたリーシャンは、翼の先で海面に線を引くように飛ぶ。
リーシャンの飛行に沿って、水しぶきが海水のベールとなって立ち上った。目の前を噴水にさえぎられた海賊船は立ち往生する。
「どの船だ、リーシャン?」
「一番右端だよ。船に降りるね」
俺の仲間がいるという船の甲板に、リーシャンはふわりと舞い降りる。
神々しい白い竜の姿に、海賊たちは攻撃を忘れて呆然としている。
俺は船を見回して、知った顔を見つけた。
「城山! お前なんで海賊してんの?」
「こっちが聞きたいわ!」
不思議に思って聞くと、なかばヤケクソ気味の城山に怒鳴り返された。
城山は何故か海賊の服を着て雑用をしている。
「あなたは、近藤枢!」
操舵席から、般若の形相の女性が現れた。
長い黒髪を海風になびかせた、セーラー服の美少女だ。セーラー服の上から、海賊船の船長らしい上着を羽織っている。
黒崎の仲間の、八代椿だ。
椿は俺に向かって怒鳴った。
「顔を見るだけで腹が立つ! 何もかも全部、あなたのせいなんだから!」
「わっ」
氷で出来たつる薔薇が襲ってくる。
「
俺は防御の魔法でしのぎながら、椿に言い返した。
「なんで城山と一緒にいるんだ? 黒崎のところに帰らないのか?」
言いながら、決戦の時に黒崎が椿を見捨てたことを思い出す。
「あなたがそれを言う?!」
案の定、椿はヒートアップした。
「私は帰れないのよ! どこにも行き場所がないの! 全部あなたのせいよ!」
甲板が絶対零度の氷原へと変化する。
可愛そうな海賊が何人か巻き添えになって凍りついた。
椿の勢いは尋常じゃない。
ちょっとこれ、暴走してないか?
「カナメ! このままじゃ皆、凍りついちゃうよ!」
リーシャンが手足をバタバタさせながら言う。
俺はリーシャンの背中から飛び降りた。
「しゃーねーな」
自分の周囲だけの狭い範囲で結界を張って、氷の床を歩く。
途端に椿の氷の魔法の威力が上がった。
周囲はまるで雪嵐か台風のような有り様だ。
しかし俺は全くダメージ無く、涼しい顔で一歩ずつ確実に前に進む。
動じない俺に、椿が目を見張った。
「こっちに来ないで!」
滝のような氷が降ってくる。
俺は片手でそれを無造作に払いのけながら、魔法を使う。
単純に考えれば氷に対抗するのは火の魔法だが、加減を間違うと船を燃やしてしまう。その点、この魔法はそういった心配がない。
「
甲板の氷が一気に溶けて、春の風が吹いた。
パタパタと俺たちの周囲に、氷が溶けだした雨が降りしきった。
雨水にうっすら虹が輝いている。
数歩の距離を置いて、俺は椿の前で立ち止まった。
「じゃあ俺たちと来るか? 帰りたい場所が見つかったら、送っていってやるよ」
そう提案すると、椿は目を丸くした。
帆柱の影で城山が「枢さん、それ俺が言いたかった台詞なのに」とうなだれている。何のこっちゃ。
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