30 海賊船では……

 黒崎たちとの戦いの後、異世界の空に放り出された枢の仲間。

 その中のひとり、城山大地は海に着水していた。

 リーシャンが掛けた空中浮遊フロートの魔法があるので、海面に叩きつけられることは免れた。

 しかし、海のど真ん中である。

 

「枢さん、ひどいっす、あんまりっす!」

 

 大地は一生懸命、立ち泳ぎしながら嘆いた。

 

「溺れる前に、船が通りかかって助けてくれないかな」

 

 周囲を見回し、大地は自分に続いて女性が海に落ちるのを目撃した。

 仲間の心菜かシシアかもしれない。

 急いで気を失っている女性の近くまで泳ぐ大地。

 

「うわ、敵の八代ってやつじゃないか」

 

 水中に扇のように広がる黒髪は長く、青白い顔は日本人形めいていた。黒いセーラー服が水を吸って重そうである。

 彼女は仲間ではなく、敵の黒崎側にいた女性、八代椿だった。

 大地は迷ったが、椿を助けることにした。

 お人好し過ぎるかもしれないが、どうにも見捨てられない性分なのだ。

 

「っつ! あなた近藤の仲間の!」

 

 海水を飲んで目が覚めたのか、椿が暴れ始める。

 

「離して! 放っておいてよ!」

「こらっ、暴れるな!」

 

 二人は海の中で悪戦苦闘した。

 そこに運よく大型の帆船が通りかかる。

 

「船を乗っ取ってやる」

「おい!」

 

 椿が急に不穏な気配を放つ。

 彼女は氷の魔法で海面を凍らせて海の上に立った。

 帆船の周囲も凍り付き、船は立往生する。

 

「私に従いなさい! そうすれば命は取らないであげるわ!」

 

 そう宣言して椿は、船員を何人か凍らせてみせる。

 氷像になった仲間に驚き、恐怖した船員は「もう止めてくれ! 言うことを聞くから!」と降参した。

 

「うーわ……なんつー悪役な」

 

 氷山に這い上がった大地は、椿の所業を呆然と眺める。

 一方、椿は船の甲板に悠々と登った。

 大地を見下ろして言う。

 

「何してるの? 上がってきなさいよ」

「へ?」

「海に落ちた時に助けてもらった借りは、これでチャラよ」

「そういうこと……」

 

 一応、助けられたと認識していたらしい。

 大地は「寒い」と震えながら、船に上がった。

 改めて船員を見回してみると違和感を覚える。

 堅気とは思えない人相の悪い男がちらほら船員に混じっていた。

 椿もそれに気付いたらしく、周囲を見回して問いかける。

 

「この船は商船? にしては、柄が悪いわね」

『ここは海賊船だぜ、嬢ちゃん』

 

 甲板の手すりに止まったカモメが人の言葉を喋る。

 誰かが遠隔操作してカモメを喋らせているのだ。

 大地は、今乗っている船と並走する、もう一艘の船を見つけた。

 そちらの船にはドクロマークの旗がひるがえっている。

 

「海賊船?!」

『カダック海賊団にようこそ! 俺はキャプテンのカダックさ。強い奴は歓迎するぜ!』

 

 カモメは陽気な男の声でさえずった。

 えらい船に乗ってしまったと大地は慌てた。

 自分だけ、近くの港で下ろしてくれないだろうか。

 

「ふふっ。船を乗っ取った私を歓迎するの? 面白いわね。しばらく海賊をやってみるのも良いかもしれない」

「正気か、あんた」

「あんたじゃない、椿よ。城山大地、あなたも私に従いなさい」

「なんで?!」

「私の許可なしに船から降りられないわよ」

 

 大地は震えながら冷や汗をかいた。

 いつの間にか、すっかり椿のペースだ。

 

「それとも私を倒して、言うことを聞かせてみる? まあ、あなたのレベルじゃ無理でしょうけど」

「くっ」

 

 椿の言う通りだ。

 Lv.602の椿と、Lv.108の大地では、勝負の行方は分かりきっている。

 

「畜生……!」

 

 とりあえず、隙を見て逃げ出すまでは、椿に従うしかない。

 大地はがっくり肩を落とした。

 

 

 

 成り行きで海賊団と行動を共にすることになった大地は、椿の雑用係を命じられてしまった。彼女の食事を運んだり、掃除をしたり、雑用をさせられている。

 どうやら椿は、汚い海賊の男よりも、同郷の大地の方が安心するらしい。気持ちは分からないでもないが、大地にすれば良い迷惑だ。

 

「俺はいったい何やってるんだ……」

 

 夜に温めたワインを持ってくるように言われて、大地は船の台所に向かった。

 料理番から飲み物の入ったポットとコップを受け取り、戻ってくると、命令した椿はハンモックで毛布にくるまって熟睡していた。

 

「無防備だな」

 

 幼い表情で眠る椿の顔を、大地は複雑な思いで見つめた。

 

「永治……」

 

 白い頬をつうっと涙が伝う。

 大地はドキリとした。

 美少女で普段横暴な椿が見せた、思いがけない弱み。ギャップについ絆されそうになる。

 

「何を考えてる、俺。こいつは敵、悪人なんだぞ」

 

 大地は無理やり椿から視線を外すと、船長室を後にした。

 

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