29 海辺の街コーウェン
街の人の注目を浴びながら、俺たちは領主の館に案内された。
うう、目立ちたくなかったのに。
「ようこそ、いらっしゃいました、竜神さま」
意外なことに、館の前に領主と思われる女性が出てきて、恭しく頭を下げた。
「私はこのコーウェンの街の領主、マリアと申します」
マリアは露出の少ないきっちりした服を着こんだ、真面目そうな女性だった。
くすんだ金髪の長い髪を背中まで伸ばしている。
「あれえ? 領主は普通、太ったおじさんなんじゃないの? 僕、女の人をふっとばすのは気が引けるなあ」
リーシャンは首をかしげた。
部下らしい男がマリアに頭を下げ、ここに来るまでの出来事を説明する。
「……そうでしたか。竜神さま、今、この街はカダック海賊団と戦っておりまして、情報の漏洩を避けるために、出入りを制限しているのです」
「じょうほう? ろうえい?」
難しい単語が出てきたと、リーシャンは目をパチパチさせる。
「スパイの疑いがあるものは、それが女性子供でも殺さねばなりません。私も心が痛い。しかし、大勢の人々を守るために、少数の犠牲はやむをえないものなのです。ご理解いただけませんか?」
「……」
リーシャンはしばらく無言で悩んだ後、うるうるした目で俺に泣きついた。
「カナメー、この人の言ってることが分からないよー! 人が人を殺すのは悪いことじゃないのー? 僕、分かんなーい!」
俺はこめかみを押さえた。
成敗しにきて、逆に説得されてどうする。
マリアは、俺とリーシャンを見比べながら続けた。
「私としても一刻もはやく、このような状況は脱したいところです。竜神さま、悪いのは全てカダック海賊団です。彼らを倒すためにお力添えを頂けませんか?」
ううむ。逆に竜神であるリーシャンを利用しようとするとは。
この領主の女性は食えない性格のようだ。
「……お断りします。リーシャン、さっさと出ていこう」
「お待ちください。せっかく来ていただいた竜神さまと、お連れさまにおもてなしをさせてください。もう戦いに手を貸せなど、分を超えたお願いはいたしませんから」
マリアはどうしても俺たちを引き留めたいようだ。
「わーい、おもてなしー!」
「リーシャン」
単純なリーシャンは、ご馳走が食べられると喜んでいる。
こうなってくると俺だけ出ていく訳にはいかない。
仕方ないか。
ついでに服をもらって、情報収集をするとしよう。
中庭に座ったリーシャンの前に、食事や果物が並べられる。
俺は人間なので館の中に入れてもらい、ダイニングルームで領主のマリアと一緒に食事することになった。
ちゃっかり現地の服に着替えさせてもらう。
少し気まずいが、マリアと向かい合って話をしながらの食事になる。
当然ながら、マリアは俺の正体が気になるようだ。
「あなたは竜神さまのご友人ということですが、どちらからいらしたのですか?」
「山奥で育ったので、自分がどのへんの出身かも分からないです。行儀が悪かったらすみません」
「いいえ。スプーンやフォークの使い方をひとつとっても、あなたは教養のある方だと分かります。引退した貴族か身分のある方に育てられたのでしょう」
マリアはうまいこと俺の出身を曲解してくれた。
食事が地球でいうところのヨーロッパ風なので、マナーがほとんど一緒なのだ。
俺は話の流れに乗って、情報を聞き出そうとした。
「ところで変なことを聞きますが、ここは何という国なんでしょう?」
「このコーウェンはジャスパー沿岸都市連合に属しています。世界地図をお見せしましょう」
マリアは手を打って、部下に地図を持ってこさせた。
今は大陸の南東の端にいるようだ。
俺の国アダマスはもっと内陸部の北の方にある。
皆と合流できたら、アダマスに行ってみたいな……。
「これから竜神さまとどこに行かれるのですか?」
「決めていません。リーシャンは俺に世界を見せてくれると言って、山奥から連れ出したんです」
適当に話を作った。
困ったことは全部、リーシャンのせいにしよう。
マリアは俺に同情したようだ。
少し目尻を下げて俺を見る。
「ではこれから旅に出られるのですね。見たところ荷物を持たれていないようですが」
俺は手首に付けていた腕時計を外した。
「これをお金に換えられませんか?」
「! こんな精巧な作りの小さな時計は、この辺では見かけないですね。よろしければお預かりして、私の方で換金させておきましょう」
「ありがとうございます」
旅の準備のめどが立った。
あとはトラブルに巻き込まれないうちに、さっさと街を出ていこう。
食事の後、リーシャンは中庭で寝た。
俺は用意してもらった客室で休むことにした。
「メロン、不安なのは分かるけど、あんまりくっついてると寝てる間につぶしてしまう」
「キュッ」
街に入ってからずっと服の下に隠れていたウサギギツネのメロンを取り出す。
思ったより疲れていたらしく、ベッドに横たわると泥のように眠ってしまった。
翌朝、外が何か騒がしくて目が覚めた。
誰かが大声で叫んでいる。
「海賊団が攻めてきたぞー!」
俺は寝ぼけ眼をこすってベッドから起き上がり、手早く準備してリーシャンの許に向かった。
リーシャンは既に起きて空を見上げている。
「リーシャン、変なことに巻き込まれないうちに、飛んで逃げようぜ」
「カナメ! 海の方から、カナメの仲間の匂いがするよ!」
「何?!」
神様はどうやっても、俺とリーシャンをこの件に介入させたいらしい。
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