26 再会

「くっ……あはははははっ!!」

 

 八代椿を抱えたまま、黒崎は狂ったように高笑いした。

 

「本当に、人間の身体だと、なまってしまっていけないな! 悠長に待つなんてせずに、一突きにすれば良かった。こんな風に!」

 

 そう言って、片手の黒い槍を投げつけてくる。

 

「っつ、光盾シールド×50!」

 

 俺は本能の導きに従い防御魔法を五十個重ねる。

 ガラスが割れるような音と共に、四十九枚の光盾が一気に消滅した。

 黒い槍は残る一枚とせめぎあった。

 

「押し返せ!」

 

 魔法に力を込める。

 しかし最後の光盾は砕けた。

 黒い槍は俺の頭をかすめて、壁に激突する。

 防御魔法で咄嗟に軌道を変えてなきゃ、直撃だったぜ。

 

「さすが、アダマスの守護神といったところか。もっとも堅固なる盾を持つ神……」

 

 冷や汗を流しながら、俺は黒崎の賞賛を聞く。

 今のは、騙し討ちされたら防ぎようが無かったぞ。

 

「永治……」

 

 八代椿が、白いほっそりとした手を持ち上げて、黒崎の頬に触ろうとする。しかし黒崎は、その手を避けた。

 

「地球で幼馴染みだったから取り立ててやっていたが、気が変わった。お前は不要だ、椿」

「え……?」

「役に立たないお前に情を与えてもどうにもならないのに、地球に帰ってきてからすっかり感傷に引きずられていた」

「待って……待って永治!」

 

 黒崎は床に椿を放り出す。

 そして俺を見た。

 

「異世界の本体と融合した、真の俺の姿を見せてやりたかったが、今回は無理そうだ。悪いな、近藤。俺は異世界に戻ることにする」

「は?! 狭間を通らないと異世界に行けないんじゃ」

「おや、近藤はまだ気付いていないのか? 俺たちは異世界に身体がある。転移魔法で座標を指定して、異世界に渡ることができるんだよ」

 

 そ、そうか!

 考えてみれば、緊急脱出魔法の応用で異世界から地球に帰還できたのだから、逆も可能な訳だ。転移魔法はイメージだけで目的地に飛べるほど便利な魔法じゃないが、座標を固定できれば楽に飛べるのだ。

 

「目的は達したしな」

 

 酷薄な笑みを浮かべる黒崎の背後で、ゴゴゴと音を立てて狭間の部屋の扉がきしみだす。

 強大なモンスターが扉の内側から食い破ろうと体当たりしているのだ。

 

「扉が破られる? なんで……」

『そうか! ここには妾を含め三人の神クラスがおる! 濃い神の気配が奴を刺激して、凶暴化させておるのじゃ!』

 

 アマテラスが叫んだ。

 なんだって?!

 

「せいぜい身体を張って地球を守ればいい。じゃあな」

 

 黒崎は捨て台詞を吐いて姿を消した。

 部下の三雲と八代を置き去りにして。

 

「マジかよ」 

 

 扉に亀裂が入って金色の光が漏れだす。

 凄まじい地響きと爆音。

 俺たちは耳をふさいで床に伏せた。

 瓦礫の欠片が飛んでくる。

 黄金の光が扉の向こうから射し込んできた。

 俺は恐る恐る見上げて息を飲む。

 まるで高層ビルを見上げたように感じた。金色のヤマタノオロチの爛々 と光る赤い眼が、はるか頭上にある。

 

 ヤマタノオロチは通路にみっちり詰まっていた。

 もぞもぞ動いてこちら側に這い出ようとしている。

 このままここにいれば、俺たちは蟻のようにプチっと踏み潰されるだろう。

 

「あんなのとどうやって戦ったんだ、異世界の俺……」

 

 セーブクリスタルだった時には感じなかった恐怖を覚えて、俺は無意識に一歩後退した。

 

「枢たん」

 

 いつの間にか心菜が隣にいて、俺の袖をぎゅっと握っている。

 彼女は心細そうに俺を見ていた。

 だが、桜色の唇から呟かれた言葉は、青ざめた表情と相反するものだった。

 

「大丈夫だよ、枢たん。私が絶対に枢たんを守るから」

 

 俺は電に撃たれたように、その言葉を聞いた。

 へたれな俺は恐怖に負けて大事な人のことを忘れていたのだ。

 守りたい。

 大切な仲間を、彼女を。

 

「誰ひとり死なせはしない」

 

 聖晶神の杖にすがるように立った。

 

『どうするつもりじゃ、枢よ』

 

 アマテラスが入った雛人形が、空中を飛んできて俺に尋ねる。

 

黙示録獣アポカリプスをこのダンジョンに封印する! 力を貸してくれ、アマテラスさま!」

 

 俺は杖を握りしめた。

 

「――おれは此の魔法式ねがいの真値を世界に問う!」

 

 床に聖晶神の杖を突き立てる。

 巨大な魔方陣が足元に広がった。

 強力な攻撃魔法を使えば、心菜たちを巻き添えにする恐れがある。

 だから、これから使うのは趣味で使っていた工作の魔法と、結界魔法。

 神器である杖を媒介に、ダンジョンを牢獄に作り変える。

 

『よいぞ、妾の力も使うのじゃ!』

 

 アマテラスの力が流れ込んでくる。

 魔方陣はぐるぐると回転しながら広がっていく。

 

「頼むから保ってくれよ、俺の魔力……!」

 

 異世界の時と違って有限の魔力が恨めしい。

 全ての魔力を魔法の維持に注ぎ込む。

 ダンジョンの隅々まで魔力を浸透させ、魔力という水分を含んだ泥をこねるように、力技で作り替える。

 確かな手ごたえと共に、空間がぐにゃりと歪んだ。

 ダンジョンという小さな異次元空間が、俺の意思を反映した一個の世界として生まれ変わる。

 

 手から杖が消え去り、代わりに光の鳥籠が黙示録獣アポカリプスを取り囲んだ。

 ダンジョンを構成する物質は全て、黙示録獣を拘束する檻に変化したのだ。

 床や壁は消えて、宇宙空間のような場所に俺たちは立っていた。


「後は、この空間から脱出すれば……」


 檻の中で黙示録獣は狂ったように暴れている。

 もしかしたら檻は破られるかもしれないが、そうなっても問題ない。

 この閉じた空間自体が黙示録獣を封じ込める結界として作用する。

 地球と異世界の間の、この異次元空間で、黙示録獣は永遠に立ち往生することだろう。

 

『むう、妾は力を使いきってしまった』

「俺が……くっ」

 

 思った以上に、体力を消耗したらしい。

 魔力がすっからかんだぜ。

 やばい、この空間から脱出する力が残ってない。

 

「枢たん、大丈夫?」

 

 心菜がぐったりする俺の肩を支えてくれる。

 せめて心菜だけでも地球に……。

 

 

 シャリーン……。

 

 

 その時、美しい鈴の音色が響き渡った。

 真っ暗な空間に光が生まれる。

 真珠の輝きを放つ竜が、するりと光の輪をくぐって現れた。

 

「アッダマントー! 迎えに来たよー!」

「リーシャン?!」

 

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