27 ゼロからの始まり

 セーブクリスタルの姿の俺しか知らないのに、リーシャンは真っ直ぐ俺のところに飛んできた。

 

「こんなところにいたんだね、アダマント。探したよ!」

「……リーシャン。俺の名前は枢だ。カナメ」

「カナメ!」

 

 リーシャンは枝分かれした重そうな角を左右に振り、白い翼と尻尾をバタバタさせた。

 

「やっと話せたね、カナメ! 僕は君と話せる日を楽しみにしてたんだよ!」

「……俺もだ」

 

 異世界では、口を聞けない石の身体のせいで、苦労した。

 死にたくなるくらい寂しい時に、いつも話しかけに来てくれたリーシャン。俺もずっとお前と話したかったんだ。

 思わずホロリとする。

 

「枢っち」 

 

 途中でようやく状況を思い出した。

 真たちは、いつの間にか俺とリーシャンの周囲に集まっている。

 早くここから脱出しないと。

 

「リーシャン、頼みがある。この空間から出たいんだが……」

「いいよ!」

 

 リーシャンは最後まで聞かずに勢い込んで頷いた。

 なんか嫌な予感。

 

「カナメのためなら僕がんばっちゃうよ! えいっ!」

 

 いきなり足元に穴が空いた。

 穴から青空に落下する。

 

「ちょっと待てリーシャン! 人間は空を飛べない!」

「そーだったっけ? ごめーん!」

 

 無邪気なリーシャンの声。

 だがもう冷静に状況を把握する余裕はない。

 魔力切れのため俺も疲労の限界で、咄嗟に魔法を使うことは出来なかった。

 

「うわああああああっ!」

「きゃーっ!」

 

 俺たちは悲鳴を上げながら空を落ちていった。

 

 

 

 

 しばらく気を失っていたらしい。

 目が覚めた俺は、どこまでも続く草原に寝そべっていた。

 暑くも寒くもない陽光と、草木を揺らす爽やかな風。

 良い天気だ。

 

「ここは……?」

 

 ぼんやりしながら、手を伸ばして無意識に近くの草をむしる。

 草の上に乗っていたピンクの蛙が「ゲロ!」と言って逃げていった。

 

「ピンクの蛙?!」

 

 ガバッと飛び起きる。

 周囲に人はいない。

 俺ひとりだった。

 

「心菜たちは?!」

 

 見回すと、近くの地面に作られた鳥の巣の上で、ミニマムサイズの竜神リーシャンが腹を出して寝ているところだった。

 巣の本来の所有者である、親子の鴨っぽい鳥が、ピーピー鳴きながら巣の周りを右往左往している。

 

「こぅら、起きろっ」

 

 俺はリーシャンを巣から引きずり出して、上下にシェイクした。

 

「Zzzz……ぷひゃ。カナメが起きるのを待ってたら、つい寝ちゃった」

「リーシャン!」

 

 リーシャンは寝ぼけ眼をこすりながら、俺を見た。

 

「ここはどこだ?! 心菜たちはどうなった! まさか」

「落ち着いてカナメ。君の友達の人間たちは、落下の途中で空中浮遊フロートの魔法を掛けておいたから、たぶん無事だよ。どこに落ちたかは分からないけど」

 

 心菜たちと離ればなれになってしまったらしい。

 一応、視界の隅のパーティーメンバーが表示される辺りを見たが、異世界に突入された時にリセットされたらしく、空白になっていた。

 俺は額に手をやって嘆いた。

 

「なんてこった……ここは異世界なんだな?」

「異世界というかアニマだよ。カナメはアースに行きたかったの?」

「まあな……」

 

 リーシャンにとって脱出先と言えば、当然生まれ育った異世界アニマな訳だ。理不尽な結果だが仕方ない。

 

 ぐぅー。

 

 落ち着いてくると、腹が減っていることに気付いた。

 

「……キュー」

「お前メロン?」

 

 ビッグサイトで拾ったウサギギツネのメロンが俺を見上げている。

 メロンは口に小さな林檎をくわえていた。

 

「俺にくれるのか」

 

 手を伸ばすと、メロンは俺の手のひらに林檎をぽとりと落とした。

 農業が発達していない異世界なので、野性の林檎は形が整ってなくて小さい。

 酸っぱい林檎を口に放り込むと、俺は立ち上がって背伸びした。

 

「まずは、心菜たちを探さないとな」

 

 あいつらは異世界転生の経験があるし、それなりに強いから、大丈夫だろう。

 むしろセーブクリスタルだった俺の方が人間の感覚や知識にうとい。

 異世界を自分の足で歩いていると考えるだけで、新鮮な気持ちがした。

 

「僕が案内するよ!」

 

 匂いで心菜たちの場所が分かるというリーシャンの後を追い、俺はのんびり草原を歩き出した。

  

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