21 未来の分岐点*

 黒崎は気を失ったままの八代を抱えて代々木に移動していた。

 代々木公園の前はバリケードが敷かれ、封鎖されている。

 少女を抱えたまま、そのバリケードを飛び越えると、ダンジョンを囲む結界の前に立ち、仲間を待った。

 街並みは夕暮れに染まっている。

 長い影が伸びて、待ち人の少年が現れた。

 

「あー、疲れた。雛人形なんて僕の趣味じゃないよ。魔法少女の人形に入れたかったのに、魂の形が合わないから上手くいかなかった」

「三雲」

 

 少年は片手に雛人形を持っていた。

 人形使いの三雲啓だ。彼には黒崎と別行動で、太陽神アマテラスの捕縛の仕事をしてもらっていた。

 

『そなたら、太陽神たる妾に何たる不敬か! ただではすまさぬぞ! 呪いの人形のごとく、髪をにょろにょろ伸ばしてくれるわ!』

 

 雛人形から高い女性の声がする。

 しかし黒崎も三雲も、雛人形の声を無視して平然と会話を続けた。

 

「これでアマテラスの張った邪魔な結界を壊せるね」

「ああ。だが念のためにダンジョンの底に行って、黙示録獣アポカリプスがどの辺りにいるか確認したい。地球のダンジョン側に引き入れて、尻を叩いてやろう」

「黒崎さんは慎重だね」

「世界を救うためだ、慎重にもなるさ」

 

 黒崎は雛人形を掴むと、毒の霧を流し込む。

 アマテラスの苦痛に呻く声がした。

 

「……ダンジョンの底に行くついでに、異世界アニマに渡るか」

 

 プレイヤーたちはアマテラスを探すだろう。

 彼らは黒崎たちが「地球にいる」という前提のはずだ。

 その裏をかく。

 犯罪者が海外に逃亡するように、黒崎たちは異世界に逃亡する。

 プレイヤーや枢たちが気付いた頃には、黒崎たちはもう地球にはいない。異世界に逃げ延びてもぬけの殻という訳だ。

 

 既にギルド不死者イモータルの何人かは異世界に渡り、君主である魔神ベルゼビュートの帰還を待っている。

 

「行くぞ」

 

 代々木のダンジョンの奥へと、黒崎はゆっくり歩き出した。

 

 

 

 俺たちは詳しい話を聞くため、佐々木の運転してきた車に乗り込んだ。

 車の助手席には、銀髪のダークエルフ女性が行儀よく座っていた。

 

「お久しぶりです」

 

 にこやかに挨拶してくるシシア。

 前に会った時は、プレイヤーを飲み会から抜け出した時だったか。俺の肩に心菜の視線がビシバシ突き刺さる。浮気してないと言っても気になるらしい。

 運転席に佐々木、助手席にシシア、後部座席に俺を中心として真と心菜の組み合わせだ。

 

「襲撃してきたのは、三雲という少年でした」

 

 佐々木は、改めて状況を説明する。

 

「私はアマテラスさまの神棚に葛餅をお供えするため、サンシャインビルの例の会議室に寄ったところでした。不死者イモータルの刺客に付けられていると気付かず、彼をビルの中に入れてしまったのです」

 

 佐々木は、口元を歪め後悔している風だった。

 

「アマテラスさまは、攻撃的な魔法をお使いになられないので無防備でした。三雲少年は、雛人形を依り代にアマテラスさまを封じ、そのまま立ち去ったのです」

「連中の名前は分かってるんだから、警察に家宅捜索させるとか、出来ないのか?」

「異世界の話はまだ公になっていないので、表立って捜査できない状況です。私の個人的な人脈も駆使して、情報は手に入れているのですが……」

 

 ステータスの名前が本名なら、いくらでも探せると思うのだが、佐々木は浮かない顔だ。

 

「とにかくしらみ潰しに、彼らに関係する場所を当たってみるしか」

「……いいえ。あなたたちが目指すべきはダンジョンです」

 

 突然、シシアが割って入る。

 彼女は真剣な顔で続けた。

 

「ダンジョン?」

「私は時の神クロノア様の使いとして、あなたがたを助けるために地球に参りました。信じてください。彼らはダンジョンの最深部を目指しています」

 

 ダンジョンの最深部には、例の黙示録獣がいる。

 

「そうか……黙示録獣を地球にけしかけるために」

 

 佐々木や真は、俺の呟きの意味が分からないという顔をしている。

 そういえば黒崎が黙示録獣を復活させた件は、俺しか知らないんだった。

 

「黒崎が黙示録獣を目覚めさせたんだよ。あいつは地球が滅びればいいと思ってるらしい」

「なんと……?!」

「派手なこと考える奴だなー」

「悪は心菜が許しません!」 

 

 佐々木、真、心菜から三者三様の答えが返ってきた。

 心菜は早くもダンジョンに潜って黒崎を追う気満々のようだ。

 真は気の進まない様子で手をあげる。

 

「枢っち、俺はパスするわ」

「真?」

「クラスが詐欺師の俺は戦闘に不向きだからさ、黒崎相手には足を引っ張るだけだ。ダンジョン内の戦闘だって満足にこなせるか分からねーよ」

 

 うつむいてスマホの画面を無意味にタップする真。

 これは幼馴染みとしての勘だが、戦闘に不向きという以外にも、何か事情がある気がした。だが佐々木や心菜のいる前では問い詰めにくい。

 

「代わりに、この間の城山を呼んでやる。あいつならギリ、お前らの戦闘に付いていけるだろ」

「真……」

 

 確かに真のスキルは騙し討ち専用だから、ダンジョンの深いところにいる高レベルモンスターに囲まれれば役に立たないだろう。

 だけど、俺は真に付いてきて欲しい。

 真は、俺が地球に帰ってきてすぐのトラブルの時に、真っ先にパーティーに誘ってくれた。あの時「相棒」と呼ばれて嬉しかったのだ。

 

「そうだな。真、お前の能力じゃ、普段の戦闘は足手まといだ。詐欺っぽいスキルしか持ってないし、体力も筋力も無いな、詐欺師だけに」

「くそっ、言ってくれるぜ」

「でも万が一俺たちが追い詰められた時、逆転できるのはお前みたいな変わり種タイプの能力だよ。保険でも良いから、一緒に来てくれ、真」

 

 真正面から頼むと、真の頬が赤くなった。

 

「お、応援くらいしか役に立たなくても文句を言うなよ!」

「了解」

 

 心菜は頼まなくても付いてくるだろうし、これで城山も来てくれれば、多少心強い、か……?

 

「私も行きます」

 

 シシアが参加を表明した。

 Lv.557のシシアがいれば、八代は抑えられるだろう。三雲は心菜と城山に任せて……そうだ、夜鳥も誘ってみようか。

 六人もいれば、まあ何とかなるだろ。

 

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