第7話 仕立て士レスリーとドレス

 あれから何日も経つのに、エースの表情かおが振り払っても振り払っても出てくる。

 ナナのことで苦しそうになったあの顔。思いだしてみたら、最初に話題にした時もつらそうにしてたし、実際彼は『俺だって惚れる』と言っていたことを思い出す。


 そうか。エースはナナのことが好きだったんだ……。


 そう気づいた途端、胸の奥が少しだけ痛んだ。

 小さいころ私を追いかけてた男の子が、苦しい恋をしている。

「へんな感じ」

 ボソッと呟いて、ふるふると首を振る。

 今までも、エースには何人か恋人はいたように思う。でもあんな顔を見せたことはなかった。あの子もかなりモテるから、片思いの経験なんてなかったのでしょうね、きっと。


 ナナはテイバー様とは結ばれない。

 すでにお互いの気持ちが通じてしまっているのなら、二人は一時的に恋人になるのかもしれない。それもありだろう。何もしないで我慢しているより、きっとお互い大切な思い出になる。

 でも確実に別れる日が来るはずだ。ナナが仕事に誇りを持っているのは火を見るよりも明らかだもの。仕事を辞めて領主夫人にはならない。私の父が上級仕立て士から逃げなかったように。辞めるなんて――――絶対周りが許さない。

 その日までエースが待てるなら、彼にならチャンスがあるんじゃないだろうか。けっこういい男だし、一介の貴族でしかないエースなら、その立場を捨ててナナを支えて……。


 でも二人が並んだ姿を想像すると、モヤモヤと変な感じがする。


 そうね、こんな勝手な想像、ナナに悪いわね。


  ☆


「それ、素敵なドレスね」

 ふいに声が降ってきてびっくりする。

 いつの間にかナナが目の前に立っていて、私が描いたドレスの絵をのぞき込んでいた。

「おやつにパウンドケーキを作ってきたの。今から休憩しようってことになったんだけど、レスリーもどう?」


 いつのまにか休憩に入っていたらしい。ぼんやりしていて気付かなかった。

「ケーキ? ナナが、焼いたの?」

 休憩用のテーブルに置かれた素朴なケーキが目に入る。この忙しい中、ケーキを焼くなんて驚きだ。

「そう。私が作ったものは嫌?」

 微かに苦い笑みを浮かべたナナに、私はあわてて首を振る。

「いえ、頂くわ。ここで食べてもいい?」

「もちろん。持ってくるから待ってて」

 止める間もなくナナはテーブルに行き、手際よくお茶を淹れると、ケーキと共に持って来てくれた。自分もこちらで食べることにしたらしく二人分だ。

 ベテラン女性スタッフたちが、顔をしかめるのが目に入る。一瞬その顔にムカッとして、次に何だかおかしくなった。つい最近まで私もああだったよ。

 でも、ナナの仕事を目の当たりにしても考えが変わらないなんて、ある意味すごすぎるわ。彼等に仕事に誇りがないなら、父に忠告すべきかもね。


 ナナのケーキは、素朴で優しい甘さで、とても私好みの味だった。うちの料理人もケーキを焼くが、甘さがくどいのだ。嫌いではないけど、飽きてしまってあまり食べる気になれない。でもナナのケーキは最後までじっくり楽しみたい味だ。もしかしたらギョーザもそうだったのかしら? 食わず嫌いで損したかも。


 ナナはケーキよりも私の絵に興味があるらしい。フォークを持つ手が止まったまま、視線がずっと紙束の上だ。

「気に入った?」

「ええ。さすが親子ね。ヴァーナーさんのドレスも素敵だけど、レスリーのドレスも素敵。このドレス、ゲシュティには珍しいタイプよね?」

 そう言って彼女が指差したドレスを見て、思わずクスッと笑う。それは彼女がここに来たときに描いたドレスだ。王都ではドレスの胸元を広くあけるのが今の主流だけど、これはその上に透明感のある布を重ね、首から鎖骨を山形に覆っている。あのときは傷のことを知らなかったけど、これなら傷を隠しつつ、女性らしさも失わないはずだ。


「それ、ナナに似合いそうだと思って描いたのよ?」

「えっ? 私?」

 心底驚いたのか、ポカンとした顔は年相応の女の子という感じがする。次の瞬間ナナは、ニッコリと無邪気な笑顔を見せた。


 何この子、かわいいんだけど!


「うれしい。いつか、こんなドレスを着てみたいなぁ」

「結婚するときに仕立ててあげましょうか?」

 ついそう言ってしまい、自分でも驚いてしまった。ナナも目をぱちくりとさせている。でも、貴族のお嬢様じゃあるまいし、私達が豪華なドレスを着る機会なんて他にないのよね。ただ今のナナには無神経過ぎたかもしれないと、気まずくなる。

 そんな私の思いには気づかないのか、ナナは紙とペンをとって、サラサラとあいてる紙にドレスを描いて見せた。


「レスリーだったら、こんなのが似合いそう」


 そこに描かれたのは、伝統の形と流行を踏まえつつ、新しいデザインのドレスだった。デコルテを広く開けてるけど胸元にボリュームがあり、すっと絞られたウエストにリボンはなく、すそにかけて流れるように広がる形。とても上品で華やかで、それを着た自分を想像すると気分が高揚する。

「素敵ね!」

 結婚式で着たところを思い浮かべる。なぜか私の隣にはエースが立っていて、パパッとそれを振り払った。

 ないない。最近エースのことを考えすぎたせいだわ。


 二人でドレスのデザインであれこれ話していると、いつのまにかカーラや他のスタッフが集まってくきた。今回の仕事とは直接関係はないけれど、すごく刺激になるし、なによりめちゃくちゃ楽しい!

 女性陣は自分が着たらという話をし、男性陣は自分の恋人や奥さんに来てもらったらという想像を広げる。技術面やデザインでも、ナナのちょっとした助言で新しい発想がみんなから次々に出てくる。ごく普通の仕立て士の仕事の話題で、こんなに盛り上がったことなんてあったかしら?


「楽しそうだね」

 突然うっとりするほどの甘い声が降ってきて、全員がハッとそちらを向いた。

「テイバー様」

 いつのまにか父とテイバー様がすぐ近くに立っていた。


 えっ? どうしてテイバー様がこんなところに?

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