第39話 第二王女
「これを、クララ様にかい?」
私のデザイン画を見て、おばあちゃんは戸惑ったように私を見る。
クララ様はとても内気そうに見えて、実は騎士だった。
秋冬の狩りでは後方支援ではなく、実際に魔獣の討伐にも参加するという。
ただ、こちらの女性の騎士服は、私にはどうも動きにくそうに見えるのだ。クララ様の騎士服を見せてもらったんだけど、ミモレ丈のワンピースにボレロにブーツ、それからマントが基本の形らしい。馬に乗るためにスカートの裾はたっぷりとしている。かわいいけど、戦う格好ではないよね? せめて男性と同じパンツスタイルだったらよかったんだけど。
彼女の力は、国でも珍しい「
こちらで使う「力」は、自然のものや、個人の力を守ったり増幅させるものがほとんどだ。火をつけたものを大きくしたり、噴射したりする。でも実際に火を起こせる人はほとんどいない。そんな才能を持った騎士は、数百年に一度出るかどうかだそうだ。
水なんかもそう。
空気という概念も、なんだかちょっと違うんだよね。
風は空気が動いてできると言っても「は?」って反応になる程度には。
風というのは精霊の息吹らしい。もしかしたら、こっちではそれが真実なのかもしれないけど、私はその精霊を見たことがないのでよく分からない。
クララ様の雷は、多分もとになってるのは静電気なんだと思う。陛下の話だと、雷といっても微弱だそうだ。もしもそれを増幅して叩き込めれば、かなりの強さなのは間違いないんだけど、今の所剣を通して魔獣をビリッとさせる程度らしい。
「クララ様は騎士とはいっても女の子でしょう。戦う方法を聞いた限りだけど、いくら服で強化しても身体能力は常人レベルらしいし、あまり魔獣との接近戦もどうなんだろうと心配なのよ。馬を使うことが多いとは言っても、いざとなれば頼りになるのは自分の足でしょう? あのスカートでは、絶対走りにくいじゃない」
「でもねぇ」
「ほら見て。これ、中はズボンでも、全体のぱっと見はワンピースよ?」
私が提案したのは、がっつりスリットの入ったタイトなワンピースに、スキニータイプのパンツを合わせたアオザイ風の服だ。実際のアオザイだとパンツがゆったりしてる記憶があるんだけど、これは動きやすさを重視して細身のパンツにしてみた。
女性にパンツスタイルがご法度というのがとってもめんどくさいんだけど、それを言っても仕方がない。なら組み合わせちゃえって思ったんだけど、ダメかな?
「もしくは、この基本の騎士スタイルでも、ワンピースのスカートを短くして」
「中はズボン?」
「そう。というか、防寒も考えるとレギンスのほうがいいかなぁ。動きやすいでしょう?」
色々話し合ったものの、やっぱりデザインが突飛すぎるのはだめということで、オール没になってしまった。文化の違いじゃ難しいね。
結局基本の形はそのままということになったんだけど、素材の組み合わせなどの細かい作業は私に任せてもらえることになった。陛下と、クララ様の希望だそうだ。
「クララの力の強化を頼む」
陛下が厳しい目で私をじっと見てそう言ったのは、前に私と相性がいいと言った事が関係してるんだと思う。
「はい。必ずご期待以上の成果をご覧に入れます」
丁寧に一礼して、私はクララ様専属になった。
そういえば、陛下が伯父さんだと知ったことを、なんとなくおばあちゃんには話し損ねてしまった。たぶん言わなくても伝わってるだろうと思って。
陛下の服を仕立てるのはおばあちゃんだけど、みんなの前ではとても親子には見えない。でも私しかいないようなときにはなんだか親戚程度には距離が近くて、とても不思議な感じだ。でも、あえて知らんふりをする。皆が知ってるのかどうもわからないけど、まあ、いいかなって感じ。
☆
「なんだか変わったデザインの服も考えてくれたんですって?」
どこから聞いたのか、クララ様は私の方へ身を乗り出し、好奇心で目をキラキラさせながらそう言った。
「はい。でも残念ながら、全部没になってしまいました」
「どんなものだったのか見てみたいわ。見せて?」
「でも奇抜らしいですよ?」
「年寄りは頭が固いのよ。ねえ、お願い、見せて」
クララ様はぷうっと可愛く頬を膨らませ、なかなか辛辣なことを言う。今は二人きりなので、私に甘えているのかもしれない。
最初に私が専属になって二人きりになった時には、
「上級仕立て士は、力を注いで固定させるときに素材に口づけをするでしょう? 内緒だけど選定式の時にね、私の
などと言ってコロコロ笑っていたのだ。
大人の中にいるときと、私の前にいる時では印象がずいぶん違う女の子。彼女が自分の従妹だって知ってしまったからか、そんなところもとてもかわいく思えてしまうのよね。ただなぜか、クララ様のほうがお姉さんぶるのが謎なんだけど。
一応、私のほうが少しはお姉さんなんですよ? 言わないけど。
こっそり陛下に聞いたところ、クララ様はおとなしい見た目とは裏腹に、かなりはっきりした、意外と男勝りな性格らしい。お父さんの意見だから実のところはどうなのかなぁ? とは思うんだけど、今の所、私はクララ様のことがかなり好きだ。
「じゃあ、少しだけですよ? みんなには内緒ですからね?」
可愛いおねだりに、ついついボツ案のデザイン画を見せてしまう。
前後ろ横の三方向で書いているそれを、クララ様は目を真ん丸にしてしばらく黙って凝視していた。
「これは、なんというか、すごいわね」
「足さばきがよくて、動きやすいと思ったんですけど。どうですか?」
「う……ん。想像もしてなかった形だわ。これは、さすがに恥ずかしいかも」
「やっぱりそうですか」
「ナナなら着られる?」
「そうですね。このデザインなら全然抵抗はないですよ」
私の日本での普段着から考えると、ここまで布が多いのにどのあたりが恥ずかしいのかよく分からない。ズボンイコール女性が履くのは恥ずかしいのだそうだから、まあ仕方がないわね。
万が一スカートがまくれたときのほうが私は恥ずかしいんだけど、それはいいとかよく分からないわ。
結局決定している基本の形を元に、打ち合わせを始める。
「クララ様の力は、肩に門がありますね」
だから手の方に流して放出する形になるのだろう。
剣は長剣だけど、女性なので細身。
足のほうは常人レベルなので、予定通り下半身のスカート部分やブーツに強化と保護をかけることになった。
マントは防寒や鎧みたいな身を守るものって感じなので、温度調整の力も入れておこう。
「力の強化は腕にしようと考えてます」
そして私は新しいデザイン画をクララ様に見せた。
一見普通のワンピースとボレロのアンサンブルだけど、袖に特徴がある形だ。
それがどう作用するのか説明をしたあと、私はずっと気になっていたことをクララ様に聞いてみることにした。
「分身って、どうやってするんですか?」
「分身? ナナ、見てみたいの?」
「はい、ぜひ」
「いいわよ」
クララ様は快諾し、両手の指を合わせて球を作るような形にした。それをスッと横にひいて離すと、
「はい、できた」
クララ様が二人になっていたのだ。
忍者アニメのような印を結ぶわけではないけれど、想像以上のあっさりさに一瞬ぽかんとしてしまう。
「うわぁ。本当に分かれるんですね。すごい」
「うふふ。私たちには当たり前のことだし、お父様みたいに沢山にはなれないけど、感心してもらえると嬉しいわね。ちなみに私がクララよ」
「そして私がケイリー。よろしくね、ナナ」
ケイリー様のほうが、陛下の言う「カゲ」のほうなのだろう。ただ彼女のほうがクララ様よりも目の色も髪の色も明るく、同じ顔なのに活発そうに見えた。
「服もそのまま増えるんですね」
予想はしていたけど、不思議。
「そうなの。理由はわからないんだけど、分身のたびに裸になるよりいいわよ」
二人並んで一緒に話していると、分身というより双子と話している感じだ。
二人が手のひらを合わせ、戻れと念じる、もしくは言うと一人に戻る。
「わぁ。不思議」
当たり前と言われても不思議すぎ。
陛下なんて元庶民でしょ? 最初分身できたときはどう思ったんだろうね?
「あとは何が見たい?」
いちいち感心する私の反応が面白いらしく、楽しそうにクララ様がそういった。
「では、力を使うところを見せてください」
「力? 魔獣討伐の時の?」
「はい。実際どう使うのか、どの程度のものなのか見てみたいんです」
聞いただけではわからないもの。
ベテランなら可能なのかもしれないけど、私は聞いて納得できるほど、戦うために力を使うところをほとんど見たことがないのだ。
「なるほど。そうね、それも必要よね。でもさすがにここでは使えないから、裏の競技場まで行きましょうか」
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