第40話 模擬戦見学(1)

 クララ様の言う裏の競技場は、王宮の後ろにある山を切り開いた岩や川がある、少し開けたところって感じの場所だった。ここで普段から訓練や試合をするらしい。


 次の日の昼食後、クララ様の従者である騎士様が迎えに来てくれたので、タキを伴ってついていく。タキが尻尾をたてて優雅に歩くので、騎士様は何か面白そうな顔をしてタキを見ていた。


 競技場ではすでに競技が始まっていた。

 これが試合本番だとたくさんのご婦人方の声援に囲まれるそうなんだけど、今日は見学禁止の日だそうで外野は静かだ。それでも競技場の熱気に思わず息をのむ。本番だとどれほどの熱量なんだろう?


「すごい迫力ですね。馬に乗る競技ですか?」

 迎えに来てくれた騎士様にそう尋ねる。二十代後半くらいの、落ち着いた物腰の男性だ。

「試合を見るのは初めてかい? ――そっか、仕立て士だと普通見に来ないか。そう、最初が馬上競技だ。そのあと下馬競技に移るんだよ」


 説明によると、競技場では馬に乗った騎士たちが、魔獣を模した像に攻撃したり地面に散らばっている魔獣の欠片を回収したりして、それで得点を競うそうだ。

 実際の魔獣の欠片は貴重な素材になる。特に光を放つ玉(魔獣の核)は一番価値が高いため、その欠片によっても得点は変わるらしい。


「普通は魔獣を見る機会もないだろう? ゲームとはいえ実際に動くところを見たいという仕立て士は珍しいけれど、クララ様は喜んでおられたよ」


 普通魔獣に接する機会がないはずの私に、多少実践に近いものをと考えてくれたのだろう。実際には、私はけっこうな確率で魔獣に遭遇しているんだけど。陛下が言うには、普通有り得ないんだそうだ。


 馬上競技の場合、騎士たちが使うのは槍、剣、弓の三種。

 これはチームごとに行われる。


 そして下馬競技は武器はもたず、ハンドボールくらいの玉を奪い合うチーム戦になるのだそうだ。私はそれを聞いて、サッカーとかバスケみたいな感じなのかな? と考えていたんだけど、肉弾戦でビックリ! 身体強化が薄めとはいえ、力の放出もある。


 鎧をつけず、騎士の制服にひだをたっぷりとったマントですべて防御するため、見ていると頭部の保護はどうなってるんだろうと気になってくる。


 だが模擬戦の中、クララ様はかっこよかった。

 馬を駆る姿は意外なほど凛々しく、馬と一体になってるかのような走りで、次々と魔獣のかけらを回収し、魔獣像を細い剣で撃っていく。剣から鋭い雷が放たれるのだ。

 私はクララ様の見た目に惑わされて、少し侮っていたのかもしれない。

 目をすがめ、力の流れをしっかり観察することに集中した。


  ☆


「ナナ、楽しんでる?」

 下馬戦までの休憩時間、騎士様二人をともなってクララ様が私のもとにやって来た。


 騎士様たちより頭一つ分は小さいのに、今の彼女は意外なほど大きく見える。彼女の力が大きく広がり、周りの騎士も守っているのが分かるんだけど、これに気づいている人がいるかどうかは謎だ。無自覚っぽいんだよね。

 クララ様のまとう力は、うまく言えないんだけど他の人とは何かが違う。

 血のつながりで贔屓目に見ているわけではないと思うんだけど、やっぱり私の力との相性がいいのは間違いないと思った。


「はい。とても興味深いです。見せてくださって、ありがとうございます」

「よかった。後半は対戦相手も入ってもっと面白くなると思うから、楽しみにしていてね」

「はい」


 それにしても、というか毎度思うんだけど、選考基準はイケメンって規定があるのかと思うくらい、騎士様たちはイケメン揃いだ。

 それとも、強くなると見た目も素敵になるのかしらね?

 よく見れば顔立ちが整っている人ばかりではない。でも姿勢がいいし、鍛えた体や堂々とした態度に加え、所作も美しいからそう見えるのかも。あとは制服効果ね! 騎士の制服にマントを羽織った姿は、クララ様はもちろん、騎士様皆が本当に本当にかっこいい!



「ナナ! 次はいつ餃子を作るんだい?」

 私を知ってるらしいクララ様の従者である騎士様の一人が、そう話しかけてくる。


 じつは先週、陛下のリクエストで、みんみん亭風の餃子を作りに行ったのだ。

 陛下と王妃様、それから王子王女は合わせて六人。それにそれぞれの従者が一人ずついて、なんと合計十六名分! 私、業者じゃないんだからね?


 短時間で餃子の皮も一から作るため、陛下リクエストの焼き餃子は全部で百個までですと、あらかじめクギを刺しておいた。王宮料理人の方も二人手伝いに入ってくださったからなんとかなったけど、従者たちの分なんて聞いてなかったわよ。あらかじめ数は伝えていたんだし、一人当たりの数が少なくなったのは私のせいではありません。

 代り映えのない普通の食事にプラスするだけでなかったら、準備不足でどうしようかと思ったくらいだ。一番の問題は私が持ってる醤油が少ないこと。調味に使わないわけにはいかないので、たれはお酢とこしょうで食べてもらうことにした。


 結果は、みんな気に入ってくださったようです。

 うん。おいしいよね、焼き立ての餃子。


 王宮の食器も選ばせてもらったから、力の作用でかなり滋養になったはずだ。

 この騎士様は、あの時いた従者の方なのだろう。皆さんもっと食べたいっておっしゃってたものね。

 しかも羨ましいことに、こっちのニンニクとかの香味野菜って口に匂いが残らないんだ。一度日本に持って帰ったら普通のニンニクだったので、こちらのなんらかの力が作用してるんだろう。


 クララ様はもちろん、シエラ様やガブリエラ様もペロッと召し上がっていた。

 小さな王子様たちも瞬殺だったし、ブライス様やチェイス様は言わずもがな。

 陛下は、楽しそうに、でも慈しむような表情でゆっくり召し上がっていたのが印象的だ。心の中では、母が一緒の食卓を囲んでいたのかもしれない。そう思うと、ちょっと泣きそうになった。


 餃子の件は他の騎士様も聞いたらしく、何度か食べたいと声をかけられたこともある。陛下からも、一度イベントの賄い(?)で出そうかと言われて、どうしたものかと思っているところだ。断ったんだけど、強引なんだもの。

 私は料理人ではありません!


「すみません。調味料の問題で、同じものはしばらく作れないんです。手に入れるには、一度里帰りしないといけませんし」

「そうか、残念だな。俺、外の国の料理がおいしいって初めて知ったよ!」

「里帰りするとなると、社交シーズンが終わってからだろう。王都に来る予定はあるの?」

「ラミアストルならたまに行く仕事があるから、俺、ナナの所にも遊びに行ってもいいかい?」

「あら、それなら私も行きたいわ」


 口々にそんなことを言われても、曖昧に笑うしかできません。

 でも餃子効果なのか、私をハーフだからと奇異な目で見る人が激減したのはすごいと思う。王様自らがそんな態度なんだから、不興を買わないよう外に出さないだけかもしれないけど、かなり気が楽。


 でもね、そもそもうちは飯屋ではありませんから。

 こっちの人は食への関心が薄いと思っていたし、実際そういう方が多いのに、どうしてこうなったのかしら。

 陛下の影響?

 それとも騎士様って、男女問わず若君タイプが多いの?


 彼らとの会話にしれっとありえない口説き文句が混じるのを、最近ではあいさつだって思うことにしている。その手の冗談を流すのは、若君相手で慣れてるし。

 ただ、陛下が絡んでることを考えると、王子たちや、何人かの騎士様の言葉にはちょっと警戒しつつ、尻込みしてしまうのは許してほしい。隙あらば触れてこようとするし(バリア張ってますけどね)、本気か冗談かわからない口説き文句が一番困るのだ。


 一部の男性は、私が「テイバー様の心を射止めた」なんて噂を鵜呑みにして興味を持ってるみたいなんだけどね。うん、それ有り得ませんから。心じゃなくて、胃袋なら掴んでるっぽいですけど、それってお母さん、もしくは料理人ポジションですから。


 そんな珍獣扱いは、奇異の目とは違う意味で大変だ。

 だいたい、こっちに来てから若君と会ったのなんて数えるほどなのよ。

 私は毎朝見てるけど、話したのは買い物の時とダンスの時、それから朝練休憩の時の一回だけだ。あれからまた二週間近くたっている。

 指輪はずっとつけてくれているらしい。これも少し話題になっていた。


 そんな若君を遠くから見つめて、試合の結果に喜んで……。

 時々ガブリエラ様と一緒の所を見る。

 そして、そのきれいな笑顔にちょっとため息。

 一人でいるときは、リラックスできているといいんだけど。


 若君のことを考えると胸が苦しくて、時々日本に逃げてしまいたくなる。

 彼のことを見ていたい、できればそばで声を聞きたい。笑顔にしたい。

 でも遠くに離れたい。二度と会わなくて済むように。

 矛盾した想いがぐるぐるする。


 ポーカーフェイスで、なんでもないよって顔をいつまでできるだろう。

 いずれ若君が誰かと結婚して、私がいつか、次の恋をするまで……?


 恋をする人ってすごいね。人を好きになることが、こんなにパワーのいることだとは夢にも思ってなかったわ。

 最近葉月から「彼氏ができたよ」とメッセージが届いたんだけど、今度色々聞いてみよう。百文字程度のメッセージのやり取りじゃなく、一晩中おしゃべりしたい気分だ。


 社交シーズン終了まであと一か月。

 最後の試合までなら、あと十日。

 今のままで行けば、総合優勝者は若君で確定だ。

 そしたら、若君の服を仕立てられる。少し側にいられる。

 その時はいつもみたいな態度でいられるよう気を付けよう。


 ――そして今日も、不意に姿を見てしまっても大丈夫なよう、心の奥に厳重に鍵をかける。考えるのは一人の時だけでいい。



「餃子がどうかしたんですか?」

 騎士様たちがわいわい騒いでるところに、深みのある声が響いてドキッとする。

「おお、テイバー。待ってたぞ」


 一人の騎士様の言葉に振り向くと、いつの間に来たのか、ガブリエラ様と並んだ若君が立っていた。

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