第26話 イヤリング
「ナナ、ちょっと」
「はい、師匠」
私は祖母に呼ばれ、着付けの仕上げを手伝う。
今日のサリーおばあちゃんのワンピースは背中ボタンなので、一人での脱ぎ着は無理なのだ。それは七分丈パフスリーブのシンプルなワンピースで、スカートは裾に行くほどボリュームがあり、歩くときれいに揺れる。色は濃い緑で、とても上品だ。
背中の小さなクルミボタンをすべて留め、ハイネックのバックリボンタイを結ぶ。
「はい、完成。おばあちゃん、さすがよく似合ってるわ。きれい」
少しきつめの美人であるサリーおばあちゃんは、七十歳とは思えないくらい若々しくてきれいだ。
「きっとおじいちゃんも惚れ直すね!」
「何言ってるんだか」
私の言葉に呆れたようなおばあちゃんは、ひょいと肩をすくめた。
おじいちゃんは今も仕事が現役らしく、国内どころか世界中をめぐっているとかで、めったに会えない。ゲシュティ人とは思えないアクティブさだけど、一体何の仕事かは教えてくれない謎の人だ。ガタイがよくて、ひげもじゃで、うちの父をもっとワイルドにした感じ。たぶん今でもねだれば、私をひょいっと抱き上げるくらい造作もないんじゃないかな。
「あ、そうだ。おばあちゃん、ちょっと待ってて」
私は急いで自室からあるものを取ってきた。
タキも一緒についてきて、興味深そうに私たちを見上げてくる。
「今日作ってみたんだけど、どうかな」
私の手のひらの小箱には、エメラルドのような緑の石とパールのような白い石を組み合わせて作った、ドロップタイプのイヤリングが入っている。
昨日買った守り石やチャームなどを加工して作ってみたのだ。
「これは?」
「イヤリング。耳飾りだよ」
こちらの耳飾りはほとんど見たことがない。というか、ない。
髪飾りで華やかにしたり、耳の上に花を挿すのが普通なのだ。
でも……
「このシンプルなワンピースなら、こういう華やかなイヤリングが映えると思うんだ」
そう言いながら、おばあちゃんの髪をシニョンにし、耳にイヤリングを付けてあげる。
「どう?」
鏡の前に立ったおばあちゃんは、右左と顔を動かして、イヤリングをじっくりと見た。揺れる石が光に反射して、思った以上にゴージャス。
「こんな使い方があるなんてね。これは、気を安らかにするものだね?」
「そう。おばあちゃんが緊張して転ばないように、守ってもらおうと思って」
ペロッと舌を出して私が冗談を言うと、おばあちゃんもクスクス笑いだす。
そして、何度も鏡を見たりイヤリングを触ったりしながら、楽しそうに「ふーん」と何度も言っていた。
仕立ての時、私が一番力を入れてるのは身を守る力だ。
ドレスやスーツに対して「防御力」って、RPGのゲームみたいだし、これぞ上級仕立て士ならではって感じ。
でも私が作るその能力を、最大限に生かせるお客様には、いまだ一人も会えてない。――魔獣を狩る貴族なんて特に、防御力って大事だと思うんだけどな。
他にもいろいろあるんだけど、どうも常識の違いなのか教育の違いなのか、ゲシュティの人とはズレを感じることがよくある。
例えば効果を説明するのに、水を酸素と水素に分けるようにと言っても通じないとかね。これをイメージできると水を割ることができるんだけど、バカにされるか笑われてしまうことの一つだ。
他にもスマホで指をタップして移動するようにって感覚も、感覚の問題のせいかどう説明していいかわからない。実際見せたところで誰もできない。理解していないから、手品を見てる感覚になってしまう。
説明上手になりたい。力を生かしたい。
そうは思っても、未熟な自分が不甲斐ないわ。シクシク。
だからどうしても作るものは、パッと見てこちらの人が分かりやすいものになってしまう。まあ、このイヤリングみたいに変化球もあるけれど、わかってくれるのはおばあちゃんだからなんだろうな。
でもね。
「本来上級仕立て士たるもの、誰にでも合わせ、相手の力を引き出せなきゃ意味がないのよねぇ」
ついぼやくと、おばあちゃんが鏡越しに私を見る。
うちの師匠であるサリーおばあちゃんは、万能すぎるのだ。
刺繍の角度がコンマ一ミリ違うだけで大ちがいって世界で、機械のように正確に作る服はまさに神業!
お母さんだったら、やっぱり神の手の上級仕立て士になってたんだろうな。
「まあ、こういうのも面白いと思うよ」
「ありがとう」
「ほかにも何か案があるんだろう?」
「うん。イヤリングじゃ狩りに向かないから、本当はピアスのほうがいいんだよね」
「ピアス?」
「うん。耳に穴をあけなきゃいけないけど」
私も実は開けたかったんだよね。
でもこちらにはそういう習慣も発想もないためか、おばあちゃんが痛そうに顔をしかめるのでクスッと笑いが漏れる。
「実用で考えると、仕立てのときはカフスボタンにしようかなって思ってる」
「ふん、いいんじゃないかい? ほかには?」
「女性用なら、服に刺繍か何かで直接つけてみたい。日本だとわりとそういう服があるのよ」
「ふーん。守り石のかけらを服に縫い付ける」
「だめかな」
素材を縫い付ける方法は普通に行われているけれど、守り石のくず石というのはなしかな。
「いや。あんたの腕ならやってみる価値はあるよ」
「ほんと? ありがとう。試してみるね」
「ただ気をつけなさい。ちゃんと相手の力の流れを見ること。力の門と道をうまくつながなければ、どんなにあんたが力を注いでも意味がないんだから」
「はい」
「大丈夫。目を凝らせば必ず見える。あんたには私よりも強い力があるんだからね」
「え?」
突然そんなことを言われ、目をぱちくりさせてしまう。
おばあちゃんは私にお世辞なんて言わない。それが分かっているから、その言葉の意味が頭になかなか浸透しなかったのだ。
でもそんなふうな私を全然気にしないおばあちゃんは、
「そろそろ時間だ」
と言った。
「まだ早くない?」
選定式の前にご飯を食べてゆっくりする時間は十分にあるよ?
「そうじゃないよ。国王陛下の計らいで、選定式までの様子をこっそりと見られることになったんだ」
「え? 見学?」
王様たちが食事をしているところを?
こっそり見られるって、そんなことしてもいいの?
「正しくは、晩餐会と舞踏会だね。ちゃんと隠れられる場所を用意してくださったそうだから、みんなには内緒。あんたはお使いに出したことにしておくから、しっかり参加されてる皆さんを観察してくるんだよ。これから勝者になる人には、独特の空気がある。しっかり見極めて、どんなものがその人を生かせるか、しっかり観察し、考えてきなさい」
祖母の厳しい言葉に、自然と背筋が伸びる。
――もう
昨日私がトマスに言ったように、実力を最大限に出せるよう、事前に学ぶ機会を設けてくれたことに震えが走る。
「はい。しっかり見てきます。ありがとう、師匠」
「礼なら、後で国王にね」
「わかりました」
必ず期待に応えようと誓い、私はそのままそっと部屋を出る。
タキも一緒でいいということで、腕の中にはタキ。
すぐ先で、ベテランぽいメイドが案内のために待っていてくれた。
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