第27話 正装
そこは、会場全体を見下ろせる小さな部屋だった。大きな窓はあるものの、おそらく下からはこちらの部屋をうかがい知ることはできない作りなんだろう。質素に見えるけど上質な感じのする椅子や、小さなテーブルが置いてあるだけの部屋だ。
「外に警備のものがおりますので、何かございましたらお申し付けください。のちほど、騎士が食事を持ってまいります」
ベテランそうなメイドはそう言うと、丁寧に一礼して行ってしまった。
まるで貴人に対するような丁寧さで、ちょっとドギマギしてしまう。
しかも騎士様が食事を持ってくるって……。なんだかとても申し訳ない。
国王陛下の計らいだってことだから、今のメイドも陛下に近い立場の人なのかもしれないね。
トンとタキが床に降り、トコトコと窓の方へ歩いていく。
私も窓のそばに行き、会場をのぞき込んだ。
もうすでに入場が始まっているようで、思った以上に人が集まっている。男性は正装の騎士服姿。女性は色とりどりのドレスだ。
「キレイね、タキ。まるで水族館みたい」
ガラス越しの会場はどこか非現実的で、その中をひらひらと歩く女性のドレス姿が、まるで水槽を泳ぐ熱帯魚のようだ。みんな趣向を凝らしたドレスで、目にとても楽しい。
「あ、ビンス様だ。ロット様もいらっしゃるわ」
二人は、この日のためにうちで服を仕立ててくださったお客様だ。
どちらも三十~四十代の、こちらでは中肉中背の男性。
正装である騎士服は、後ろ丈が長めのテールコートのようなジャケットとベストが基本。シャツは以前はノーカラーが多かったらしいんだけど(その分ジャケットのボタンを喉元まで留めるらしい)、最近では襟付きのシャツを着て、タイを結ぶのが流行だそうだ。
テールコートの色は、年配の人は黒など濃い色が多く、若い人は白っぽい色が多い。
騎士団在籍ではない方たちの服は、それぞれのこだわりで微妙にデザインが違う。どれも本人によく似あうように仕立てられている。制服効果もあってか、老いも若きも関係なくどの方もとても素敵で立派に見えて、めちゃくちゃ眼福。
「こうしてみると、ゲシュティの正装ってかっこいいね」
とくにうちで仕立てたものは、ダントツでかっこいい!
「ほかにも、うちのお客さまはいらっしゃるかなぁ」
見ればうちのものだとすぐわかるので、ほかにも着ている人がいないか探してみる。
皆さんほとんど新調されたものだと思うんだけど、去年の秋あたりに仕立てられたものだと、知らないものがあるのだ。
会場中を見回してみるが、いまのところ他にはいないみたい。
それに、勝者になりそうな何かが見える人も、今のところ見つからなかった。
「勝者独特の空気って、見ただけでわかるものなのかな。ねえ、タキ……」
私はタキに話しかけながら、言葉がしりすぼみになる。
きらびやかな会場。綺麗な女性たちと、威風堂々たる男性たち。
そんななか、会場に現れた人物に私は視線がくぎ付けになった。
その人だけに焦点があったみたいで、急にまわりの人が見えなくなる。
それは、どう見てもうちが仕立てた服を身にまとった若君だった。
「若君も、うちで仕立ててたんだね……?」
知らなかった。いつ仕立てたんだろう? パーツにも見覚えがないから、私が手を入れた部分が全くない服だ。
びっくりして、タキに声をかけると、タキも若君をじっと見ている。
私も、ゆったりした笑顔で歩く若君を目で追った。
若君のテールコートは黒だ。近くで見たら違うかもしれないけど、黒、もしくは黒に近い色。でもベストとシャツ、それからタイは白で、それぞれ素材が違っていて、光の加減で彼のスタイルをより際立たせて見せている。
前髪を上げてキレイになでつけた姿はいつもよりも大人っぽくて、なんだか知らない人みたい……。
「ねえ……制服効果ってすごいね、タキ。ウィルフレッド様が、すごく、かっこよく見えるよ……」
なぜか少し泣きそうになりながら、タキの頭をそっと撫でた。
「なんか……いやだな……」
ふと、若君が誰かを探すように小さくキョロキョロしていることに気がつく。
「王女様はまだ来てないわよ、ウィルフレッド様?」
小さくつぶやくと、急に若君が顔を上げてこちらを見た。一瞬目があった気がして、思わず目だけ残して隠れるようにしゃがみ込む。
「びっくりした! ないない。ありえない。こっちの様子は見えてないはずだよね」
覗き見を見つかった気がして、心臓がバクバクだ。若君は、何事もなかったように他の方と話し始めてるし、やっぱり偶然よ。はあ、心臓に悪いわ。
私はそっと立ち上がると、ベリッと若君から視線を外して、再びほかの方々の観察をする。
しばらくすると、会場の壁際に用意されたテーブルに料理が運ばれはじめた。晩餐会って、立食なのか。ちょっとびっくり。
しかも見ていると、昨日私が食べた夕食と代り映えがしないメニューだ。しかも、盛り付けがおおざっぱ。
「やっぱり、お城でも盛り付けって概念がないみたいだね」
またまたびっくりだ。
いや、美味しかったけどね? 美味しかったけど、目でも彩りとか盛り付けとか、色々味わいたいよね?
料理や飲み物が整えられたころ、王族の皆さんが入場された。
まだ小学生くらいの年頃の、第三王子様と第四王子様もいてかわいいけど、この二人は挨拶だけで退室らしい。大人の場だから、仕方がないのかな。
「シエラ様、女優さんみたい。スタイルめちゃくちゃいいね。六人も子供を産んだアラフィフにはとても思えない」
ほっそりして、若々しくてきれいな王妃様は、国王陛下にしっかり寄り添い、とても仲睦まじいご様子だ。そしてその足元には、シルバーグレイのほっそりとした猫が一匹。あの猫は王妃様の守護獣だ。
そういうこともあって、私がタキを連れててもとがめられることがないんだよね。ただし、あの子やタキのように、ピッタリ寄り添ってくれる特別な猫ってことが条件だけど。タキも私を守ってくれるもの。
王妃様の斜め後ろに立つ第一王子のブライス様は、金に近い明るい髪色で、テールコートは白。優しそうな雰囲気で、お年は二十五歳だ。
第二王子のチェイス様は、落ち着いた赤のテールコート。襟とカフス部分は髪の色と同じ黒で、元からおしゃれなんだろうって雰囲気がある。お年は二十三歳。
第一王女のガブリエラ様は、今朝若君と一緒にいた方だ。
つややかな巻き毛の華やかな美人。たしか二十一歳だったかな。赤紫色のドレスがよく似合っている。
第二王女のクララ様は十八歳の誕生日を迎えたばかりで、これが社交界デビュー。
おとなしそうな可愛らしい女の子で、少し緊張してるみたい。レモンイエローのドレスが爽やかで夏らしくて素敵。
「王族全員集合だね。初めて生で見たわ」
このうちの誰かの服を、これから仕立てるわけだ。
私はなんとはなしにクララ様を目で追う。それは若君が入ってきたの時のように視線が吸い寄せられるようで、数秒間、周りの人が見えなくなった。
この方の服を、仕立てられるといいな、と思った。
彼女の清涼な力の流れが見える。たぶん……
「私と、相性がいいよ」
これは、予感ではなくて確信だ。
なんとなく他人のような気がしない。王女様に対してとても親しみを感じるのが不思議だけど、それは緊張しているクララ様の顔が、同じく緊張している自分に重なったからなのかな? それとも、私と年が変わらないからかな?
そんなことを考えた瞬間――
「誰と相性がいいんだい?」
ふいに後ろから声をかけられ、私はビクッとした。
誰?
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