第25話 準備
「今年こそは王太子が決まるのだろうか」
今日あちらこちらで一番聞こえてきた会話が、この
王太子って、次の王様のことでしょう?
私は、王太子というのは第一王子のことだって当たり前に思い込んでいた。でも聞こえてくる内容からは、どうもそうではないらしい。
職人や領主が大抵世襲制ということを考えると、ゲシュティの王様だってそうだろうと普通思うよね。だから今まで気にしたこともなかったのに、城内のあちこちでいろんな立場の人たちが、さも当たり前のように噂話しているので、だんだん気になってくる。
こちらの身分制度というものを分かっていない自覚はあるんだけど、それはなんとなく触れてはいけないような感じで聞きにくくて、つい今までスルーしてきたことだった。
どうも王様とか貴族の制度に関しては、祖母をはじめ、まわりの人たちには聞きにくいことの一つなのだ。
ネットがあれば勝手に調べることもできるんだけど、こちらだと何かを調べること自体が大仕事だ。知りたいことは人に聞くことが主流で、だんだん詳しい人につないでいくのが一般的なのだから。
本もあるけど、万人が読める本というものはとても少ない。
身分・職業で、学校で学べることさえ違うから、教科書だって違うのだろう。
日本はスゴイよねとお母さんが言っていたのは、こういう点も大きい。
日本に来て、はじめて色々な知識に触れたお母さんが、高校生活をエンジョイしたのも当然だったんだろうね(頭もよかったんだろうな)。
そういうこともあって、私はゲシュティでの仕立てに関することだけは叩き込まれているけど、それ以外がほとんどわからないのだ。こちらでは、たいていの人はそうやって人生を終えるものだとも聞いている。町から出ることさえ稀だというのだから驚きだ。
そう考えると、私は恵まれた立場なのだろう。でも日本での生活も知ってるせいか、こういうところは不便だなと思う。
こちらにも短いメッセージのやり取りができる通信手段があるんだから、ゲシュティでのネット開発、誰かしてくれないかしら?
そんなことを考えながら、私はあちらこちらを歩きつつ、自分なりに情報を収集していった。
☆
昼過ぎから、明日から始まる仕立ての前準備に取り掛かる。
うちがどなたの分を仕立てることになるのかはまだ不明だけど、王族だけなら今夜の選定式で決められるのだ。作る相手によって必要素材は多少変わるけど、だいたいのことには対応できるようになっている。
たしか国王様と王妃様以外には、第一王子と第二王子。それから第一王女と、今年デビューの第二王女のあわせて六名分のはずだ。どう選定するかは聞いてないんだけど、たぶん仕事は上級仕立て士三チームで三等分になるはずだよね? ということは、うちの担当は二名か。
とはいえ、王妃様や王女様まで入っているとは思いもしなかったわ。
ラミアやソラにいるときは、メンズオンリーだったもの。レディースもなくはないけど、魔獣と戦う女性自体が少ないため、本当にレアだ。
日本でお母さんに教わりながら、ドレスをいくつか作ったことはあったけど、もしかしたらこういうことだったのかもね。
「お母さんも、自分が
☆
城内工房の準備を整え終えると、今度は自分たちの支度をする。
選定式は王侯貴族たちの晩餐会の最後になるから、最後にちょこっと顔を出す私たちにはまだまだ時間はあるんだけどね。
式そのものに出るのは、上級仕立て士であるおばあちゃんだけだ。私たちは会場の隅でそれを見守るだけ。それでもきちんとした格好はしないといけないので、みんなで前後ろと確認に余念がない。
私はミッドナイトブルーのシンプルなワンピース。ハイウエストをシャーリングでしぼり、スカート部分はくるぶしまでストンとおちている。
裾はふんわりとした七分だけど、シフォンに似ている素材で暑くない。襟ぐりと裾に細かな刺繍を施してあるだけで装飾はなしだ。
「あらナナ、似合うじゃない」
メイビスが私のワンピースを見て、ニッコリと笑った。
「この辺がちょっと珍しい形ね」
ウエストのシャーリングと袖にシフォンを使うのが珍しいようで、色々聞かれる。ふふふ。今回は自分で仕立てたこともあって、日本で着てもおかしくない形にしてみたのだ。かなりのお気に入り。
「やっぱり、これでも実験してるの?」
半分興味津々、半分呆れたような目で、メイビスがそう言った。
上級仕立て士とはいえ、自らを実験に使う人なんて前代未聞だそうだ。
でもおばあちゃんは、「好きにすればいい」って言うから、自由気ままに色々試している。
「うん、そう。風の力を使えるから、結構防御力高いと思うんだよね。まだ試してないんだけど」
このワンピースに施したのは、最近凝っている風の力だ。
力の籠め方で能力ゼロになってしまうこともある、繊細な力の一つ。
繊細過ぎて使えないっていうのが、一般的な見解らしい。
でも空気の力は侮れないじゃない? だから、うまくいけば防御にも攻撃にも使えると考えてるんだよね。ただ、それを理解してくれて、かつこの力と相性のいい人がいるかは別問題なんだけど。
「あんたも意外と器用というか、万能というか」
マリオンが私の服の裾をしみじみと見ながら、呆れと感心半々みたいな苦笑を漏らす。「貴族じゃないのが残念なくらいね」と。
「自分で作って着るもの限定だから、とても万能とは言えないわ。ちゃんと相性の合う人に出会えたら別なんだけど……」
「そうなんだよねぇ」
自分に合う上級仕立て士を得ることが王侯貴族の夢ならば、自分の腕を最大限に生かせる人に出会うのは、仕立て士の悲願とも言える。
上級仕立て士には王侯貴族の魔力ような、素材にそそぐための力がある。
私も五歳の時に、それを持っていることが判明している。
力と言っても私の場合、自分に対して使うだけならば、スマホやパソコンなんかでゲームをする感覚に近い。
そのせいだろうか。
私は今までの経験上、自分で実験する限りあらゆることをイメージできるし、形にするができた。それがこっちの人には奇異にみられるから、強い力を試すのは誰もいない場所でだけになってしまう。実際いいものだと思ってこちらのお客様に提案しても、「何を言ってるのかよく分からん」的なことになるので、実用に至るのは本当に難しい。
だからお客様に作るのは基本的なもの、当たり前のものだけになっちゃうんだよね。
父が言うには
「江戸時代にスマホを持って行って、使い方を理解し、操作してみろって言ってるようなものじゃないか?」
だそうだ。
「でもお母さんはパソコンだって使えたじゃない」
「そりゃあ、ケイは特別だからな」
相好を崩してお母さんのことを語る父は、いつだってとても楽しそう。
そんなことを話しつつ、出た結論は、
「一度こっちに来て、日本の生活を体験できたら、色々使える力の幅も広がるだろうね」
だった。
無理だけどね。
同じ血を引いてるお兄でさえ移動できないんだし。
それでも、テレビ電話のように姿を映すことは可能なのだ。私は全く覚えていないんだけど……。
ふいに、いつも心の奥にしまっている悲しみに飲み込まれそうになって、あわててプルプルと頭を振る。
いけない。
お母さんが亡くなった日を思い出しそうになると、いつもこれだ。
「どうしたの? 急に泣きそうな顔して」
マリオンが、お母さんのような優しい声で私の顔を覗き込んだ。
「なんでもない。ちょっと緊張してきただけ」
「そう?」
「うん。だって、選定式とか、最後だけとはいえ晩餐会だか舞踏会だかを見られるのよ。ほかの方の服もたくさん見られるなんて、ドキドキしちゃうわ」
半分本音を混ぜてそう言うと、マリオンたちは安心したように微笑んだ。
「そうよね。私も初めて来たときはドキドキしたものよ。頑張りましょうね」
ぐっと両手をこぶしにするマリオンは、四十歳とは思えないくらい愛らしく見える。だから私は、ニッコリ笑って元気にうなずいた。
「はい!」
心配させてごめんね?
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