第24話 早朝
まだ六時にもなっていないためか、お城の中は静かだ。王宮をはじめとするスタッフは動いているとはいえ、王侯貴族もまだ休んでいるんだろうと思う。
ゲシュティの朝はゆっくりしたものだと思っていたけど、王都でもそれは変わらないらしい。
日本みたいに、二十四時間動いている街があることの方が変なのかもしれないけどねぇ。
私は昨日決めていた通り、タキと一緒にお城の中を散策していた。もちろんメモ持参よ。
「こうして見ると、ますます開園前のテーマパークみたいだよね」
隣をトコトコ歩くタキに声をかける。
昨夜、私はみんなより早く床についた。
飲酒に関する法律がないこの国では、組織の上の人間が飲酒の有無を決める。
私は祖母に部屋に戻るよう言われ、酒宴が始まる前に部屋にかえされたのだ。
「今日は疲れたでしょう。ゆっくりお休み」
と。
祖母の気遣いに感謝して部屋に戻り、ささっとシャワーを浴びて(こっちにはシャワーが一般的で、湯船はない)、寝仕度をしたらパタンキューだったのよね。自分では気づかなかったけど、かなり疲れていたみたいだ。
城内は広いとはいえ、簡単なメモや地図を書きつつゆっくり歩いても、お城の敷地内をめぐるのは一時間もかからなかった。一番外側をぐるっと歩くだけなら十分ちょっとあれば回れそうだ。
建物の中は、必要に応じて書き足すことにしよう。
朝食は多分九時ぐらいかな。
今日食堂が開くのがそれくらいだと聞いている。
まだ三時間はあるし、部屋に戻って昨日できなかった買ったものの整理をしておこうかしら。
そう考えて部屋に戻ろうとした時、自分を呼ぶ声が聞こえた。
あれ? 若君のお付きの方だ。
「オリバーさん、おはようございます」
がっちりした肩幅に短い髪。凛々しい顔立ちだけど、笑うと目がなくなってしまうオリバーさんは、ニコッと笑って私に片手をあげて見せた。
「おはよう。早いね」
「オリバーさんこそ。お仕事ですか?」
「いや。早くに目が覚めたから、散歩だよ」
「ああ。だから服装が……」
いつもと違う少しだけ砕けた感じの服装の彼は、近所のお兄ちゃんと言った感じで、また雰囲気が違い、その親しみやすさに思わず笑みが浮かぶ。
「昨日は、うちの若君が世話になったようだね」
「いえいえ、とんでもないです。お世話になったのは私の方ですよ。護衛していただきましたし、おいしいお店にも連れて行ってもらいましたし」
オリバーさんに、なぜかちょっと面白いものを見るような目で見られて戸惑ってしまう。なにかおかしなことを言ったかしら?
「タキも、ずっと若君の肩に乗せて頂いてたんです。ね、タキ」
タキを抱き上げて見せると、タキは挨拶をするように短く鳴いた。
そのまま少し二人で歩いていたんだけど、なぜかある方向に行かせまいとされているような気がして私は首を傾げた。部屋に帰るための最短の道だから、そちらから帰りたいのに……。
「あの。私こっちからのほうが部屋が近いんで、失礼させていただきますね」
そう言ってぺこりと頭を下げると、
「あー、ナナ?」
と、なぜか呼び止められてしまう。何か話したいことがあったのかしら?
「はい」
「今夜の舞踏会には出るの?」
舞踏会?
「今夜の国王様たちの晩餐会のことですか?」
「うん、そう。それ」
「はい、少しだけ。仕立て士選定式がありますから」
コロコロ笑ってそう言うと、オリバーさんはなぜか少し残念そうな、ホッとしたような、何やら複雑な顔をした。
選定式とは、式典衣装をどの仕立て士が作るのかを決めるものらしい。それは、とてもきれいな光景だそうだ。
とはいえ、別に私がドレスを着るわけでもなく、あくまでスタッフの立ち位置なので長居はしないし、食べたり踊ったりもしない。それでも皆さんの盛装を見るのはとても楽しみなのだ。
「ナナもドレスを着て着飾ったら、さぞ美しいだろうにね」
肩をすくめて冗談めかして言ってるとはいえ、やはりこちらの王侯貴族は、女性を口説くのがマナーだと思っているという、私の考えは正しいのかもしれない。
若君が一緒でないときは、オリバーさんもこんな感じなんだなぁなどと思いつつ、
「ドレスを作る機会は、今のところないですね」
と言って、「では」と近道へと足早に進んだ。
なぜか再びオリバーさんに引き留められそうになった時、先の方から女性の声が聞こえた。もう一つ聞こえる声は……若君?
チラッとオリバーさんを見ると、なぜかしまったという顔をしているので、どうやら私に見せたくなかったようだ。
数歩歩いて、建物の陰からそーっと覗くと、思った通り若君と綺麗な女性が一緒だった。
「あら……」
いろんな女性が若君を見つめる場面には数多く遭遇したけれど、誰かと二人でいるところは初めて見る。
なので私はそのまま来た道をそっと戻った。
「あの、ナナ!」
ある程度離れたところで、それでも少し抑えた声でオリバーが私を呼んだ。
「オリバーさん、しーっ」
人差し指を唇に当て、静かにの合図。
「え……」
「邪魔しちゃだめですよ。若君ってば早朝デートだったんですね」
「あ、いや……」
「あの女の方。どこかで見たことがあるような気がするんですけど……」
どこだったかな?
私が思いだそうと考えこんでいると、オリバーさんは大きくため息をつき、
「王女殿下だよ」
と教えてくれた。
なるほど、それで見たことがあるような気がしたのね。
「恋人じゃありませんからね?」
なぜか教師のような物言いでそんなことを言うオリバーさんに、思わず吹きそうになるのを我慢しながら、私は軽くうなずいた。
「若君、朝からお仕事だったんですか」
同じような立場の方々みんなが、休んでるときまで大変ね。お疲れ様です。
聞こえた会話や光景にはあえて突っ込まない。若君が仕事なら、お付きのオリバーさんがフラフラしてるはずないじゃない?
恋人未満でもデートくらいするでしょう。お相手には少し驚いたけど。
とはいえ、さすがに近道を使うことは諦めると、なぜかオリバーさんが部屋まで送ってくれることになった。
誰かの邪魔をせずに行けるなら、それに越したことはないと思うので、ありがたく甘えさせてもらう。
「そういえばナナ」
「はい?」
「うちの若君の名前なんだけど」
「はい」
「なぜ、ウィルフレッドと?」
とても不思議そうに問われ、少し戸惑う。
なんだろう。やっぱりテイバー様のほうがいいって事かしら?
「えっと、実は私、若君の名前を度忘れしてまして」
「は?」
「やっと思いだせたのがウィルフレッド様だったんですよ」
電球ピコーンな感じで浮かんだんだよね。
「でも、テイバー様のほうがよかったですよね。すみません」
みんなもそう呼んでるし。
なんで短い名前のほうが出てこなかったんだろう?
「いや、そうじゃないんだ。若君もナナにウィルフレッドと呼ばれて、とても喜んでいたんだよ」
「そうなんですか? じゃあ皆にも」
「いやいや。それはやめてくれ」
「でも、私だけ違う呼び方って、悪目立ちしそうじゃないですか」
せっかく若君のそばではモブでいられるのに、目立ちたくなんかないです。
「そんなものかい?」
「そんなものですよ」
――とはいえ、なぜか話し合いの結果、二人きり(オリバーさん含む)のときは、ウィルフレッドと呼ぶ約束をさせられてしまったのだった。
なにか意味があるのかな?
でも……王女様でさえ呼んでない呼び方ってことだよね?
それとも……。
そう考えると、胸のずっとずっと奥のほうが、なんだか少し変な感じがした。
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