第23話 食事会

 ホールの中は夕日と照明の柔らかい光に照らされ、人々のざわめきで満たされていた。外から入る風が心地よくて、人が多いのに妙な暑苦しさはない。


 うちのメンバーは八人で、普段よりも人が多いなって感じだったんだけど、ほか二人の上級仕立て士たちは、どちらもうちの倍以上のスタッフがいる大所帯だった。

 三つの仕立て士グループの合同食事会ということで、総勢五十人ほどがホールの一つに集まり、それぞれ久々に会えた挨拶などで忙しい。


「ナナ・モイラです」

 初参加の私は、丁寧に挨拶をしながら、他の人たちに挨拶周り。

 少し緊張するわ。


「ナナ! キレイになったなぁ! 私を覚えているかい?」

 上級仕立て士の一人であるタリーニ氏は、恰幅のいい体を揺らすようにしながら、私に笑いかけた。

 年の頃は六十歳くらいだったかしら。

 何度か祖母の工房にいらしたことがあるので、こちらも親戚のような挨拶になる。子供の頃の母のこともよく知っているらしい。肌つやがいい、陽気そうなおじさんだ。

「こうして見ると、お母さんとよく似てるよ」

「ありがとうございます」


 もう一人の上級仕立て士は、ヴァーナー氏。やはり男性で四十代半ば。

 タリーニ氏とは真逆と言った感じのやせ形で、外国映画に出てきそうな冷たい教師風の見た目をしている。

 挨拶の返事も「ああ」くらいだったので、口数の少ない方なのかもしれない。



 食事は立食形式らしい。でも壁際にはベンチが用意され、座って休むこともできるようになっている。食事は王宮の料理人たちが用意してくれたもので、大皿料理を各々好きにとっていく気楽なビュッフェスタイルだ。

 私は一通りの挨拶周りをしたあと、ホールのすみで一人食事を堪能することにした。


 他のいくつかのホールでは王侯貴族が同じような会食をしているとかで、メニューは全部一緒らしい。準備をしていたスタッフの方からそんなことを聞いていたから、じっくり味わおうと思ったのだ。

 めったにない機会だしね。

 あちらの本格的な晩餐会は明日だということで、今夜は割とカジュアルらしいんだけど、それでも結構豪華な食事だと思う。盛り付けは気にしない文化みたいなのがもったいないけど、それは私達庶民向けだからかもしれない。


 私達の明日からの夕食は、こっちの習慣的にもっと質素になるはずなのだ。しかも大体同じ感じの食事が続くのが普通。

 でも今日みたいに特別な機会なら、みんなが気に入る料理があったら味を覚えておきたいじゃない? あとで再現したいし。そう思って、すべての料理を少量ずつとって、じっくり食べていたのだ。

 どれも美味しい。さすが、王宮料理人!


 ――若君も今頃、同じもの食べてるのかなぁ。


 ふと、今日の午後に思いを馳せる。

 こっちの世界にきて、あんなに買い物が楽しかったのは初めてかもしれない。

 高校時代、文化祭の買い出しに行った時を思い出す。あのときは、葉月と、クラスメイトの男子二人の合計四人で問屋街を巡ったのだ。

 あのときも、意外と男子たちが優しくて、しかもさり気なく気が利くのを知って、かなり見直したんだよね。

 男子のほうが多い高校だったせいか、いつもは彼らのおバカ行動に笑ったり呆れたりしてたけど、みんないい人ばかりだった。


 みんな、元気かな?

 母が亡くなったときも、みんながそばにいてくれたから、私は学校にも通い続けられたんだと思う。


 若君も、上に立つ人だけあって気配り上手なんだろうね。

 こういうとき私は、「人」に恵まれてるんだと思う。


 ――たまに嫌な人もいるけれど。



 全種類の料理を少量ずつ、あらかた食べ終えた私は、さっきからこちらを嫌な感じでチラチラ見ているグループの方をチラリと見た。

 ザワザワしてても悪口って聞こえるんだよね。

 エイファルとか、ヤポネとか。

 ヤポネはこっちで私の出身ってことにしているゲシュティの西にある国のこと。

 ゲシュティから外の国に行くのは大変だ。その逆もそう。

 この国は深い森や谷、険しい山に囲まれているし、外の国に出ると、こちらでは当たり前の力を使えなくなってしまう。


 美鈴おばあちゃんはこの世界のことを、人間界と魔法界みたいな感じだと言っていたことがあるけど、感覚としてはそれに近いと思う。

 力イコール魔力と言われると首を傾げてしまうんだけどね。だって私も使えるし、日本で家電を扱えるのと同じ感覚。


 ただ、こっちの人は、力を使えない外の国をバカにしている人も少なくはないのだ。外の国に出れば自分もその力が使えなくなることは、棚にポーンと上げちゃってね。


「わざわざ外の人間と結婚して、子どもを作るなんてねぇ……」

 とか、

「あんな半端な子がまともな「人間」のわけがない……」

 とか。

 クスクス笑いと共に漏れ聞こえてくる。もしかしたら、聞こえるようにしているのかもしれない。


 私の母ケイが、魔物に襲われてゲシュティに帰れなくなったことは仕立て士界では有名な話らしい。世間的には、母は大怪我をして記憶をなくしていたことになっている。だから、外の人間と子どもまで作って帰れなくなったのだと、陰口を叩かれるのはよくあること。

 とはいえ。

 ふむ。今日の悪口は普段以上に苛烈だわ。

 あれはタリーニ氏のところの仕立て士達とヴァーナー氏のところに、やっぱり仕立て士達だ。師は違っていても、もともとの友人か何かかもしれない。


 今までも私を出来損ないだとさげすむ人はいたけど、人間じゃないとはね。

「私に猫耳や尻尾でも見えるのかしら?」

 それはそれで可愛い気がするけど。


 ついアホな妄想にふけっていると、いつのまにかトマスがそばにいて、

「あんなの気にするな」

 と厳しい顔で言った。

 彼は小さいころからの私を知っているから、親戚のお兄さんのような感じで頼もしい。去年結婚したばかりなんだけど、そのせいか、前よりもっとしっかりした感じになっていた。


「ありがとう、トマス。大丈夫だよ」

 いつもなら心の中で、気にしない気にしないって呪文を唱えているところだ。

 唱えているうちに、本当に気にしていない気になっていた。

 言い返すのは簡単だ。でも、それで仕事に支障が出るのはよくないのはわかっている。だからトマスも私を励ますだけにしたのだろう。


 でも今日は本当に大丈夫だった。

 心の奥まで覗いてみても、傷ついてなんかいない。

 昼間見た若君のように、軽く流してしまえばいいんだ。


「私、頑張って仕事するもの。ちゃんと実力で黙らせる」

 小さな声でそう伝え、ニヤッと笑って見せると、トマスは一瞬驚いたような顔をして笑い出した。

「そうだな。それがいい」


 私は心の奥にしまった、昼間の若君の言葉をそっと抱きしめた。

 あんな悪口は私を傷つけたりしない。

 だから? それがなに?――だ。

 若君、私もあなたの背中を見習うね。


 私には上級仕立て士になれる力がある。頑張れる体力も努力する気力もあるんだから。


 私がそのグループに向かってニッコリと笑って見せると、なぜかその周囲も一瞬シン……となった。


 見てなさいよ。

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