第6話 和食

「――と、すごく平和にすごしてたんですよ」

 会えなくて寂しかっただろ? と、目の前でニコニコしている若君を前に、私は腕を組んでため息をつきたいところを懸命に我慢し、青筋をたてつつニッコリ笑って嫌味を言ってみる。


 今日はお付きの方はどうしたのよ。

 まいたの?

 まあ、場所はばれてるだろうから、すぐ来てくれるでしょうけど。


 若君は無駄にキラキラした笑顔で

「ごめんよ。最近何かと忙しくてね。けっしてナナを忘れたわけじゃないんだ。信じてくれるね?」

 なんて言ってくるけど、私のほうは若君のことなんてすっかり忘れてましたよ。


「いいえー。(忘れてくださって)大丈夫ですよ」

「ナナは優しいな」


 うっかり手を握られそうになるのをサラッとかわす。

 もう何か食べさせて、さっさと帰してしまおう。

 若君ってば、おうちで何も食べさせてもらってことはないわよね? いいところのお坊ちゃんの考えていることは、よく分からないわ。


「ごはん、簡単なものでいいですよね? それともおやつがいいですか?」


 昼食には遅いけど、夕食には早い時間だ。

 お昼抜きかそうでないかで出すものは変わる。


「今日は昼を食べてないんだ。食事が嬉しいな」

「了解です。あるもので我慢してくださいね」


 若君をダイニングの椅子に座らせ、私はキッチンに向かった。


 キッチンは日本で言う対面式だ。

 作業場の横に低いチェストで区切っただけのダイニングコーナーがあって、お手伝いが入るとみんな揃ってここでご飯を食べる。

 キッチンには仕切りはあるけど、横長の窓から部屋の様子がよく見える作りだ。

 

 すっかりくつろいだ様子の若君は、いつの間にか棚から降りてきていたタキと楽しそうに遊び始めた。

 タキはけっこう若君のことがお気に入りなのよね。

 出会ったきっかけもタキだったし。


 今夜の献立は筑前煮の予定。おばあちゃんは最近和食が好きなのだ。でもこちらには味噌に近いものはあるんだけどお醤油がないので、私が日本から少しずつ持ってきているものを使っている。つまりこっちでは超貴重品!

 お昼に下ごしらえをして煮始め、今冷ましながら味をしみ込ませてるところなんだけど、まぁまぁ良い感じだったので、これをメインにすることにした。

 あとは昨日の炊き込みご飯をおにぎりにしたものと、簡単に澄まし汁を作る。量だけはあるし、こんなものでいいかな。文句があるなら食べなければいいんだしね。


「はい、どうぞ。簡単なものですが、お召し上がりください」

「うん、馳走になる」


 ニコニコしながらお手拭きで手をふき、食べ始める若君。

 うんうん、すっかり日本式に染まってるわね。とはいえお箸はないので、二股のフォークやスプーンを使ってるんだけど、ここは仕方がない。

 私も腰かけ、ついでに休憩することにした。いい香りのお茶を入れて一息だ。

 自分用には爽やかなかんきつ系の香りのするお茶を、若君には香ばしい香りのお茶を淹れる。


 若君は本当においしそうに私のご飯を食べてくれる。

 綺麗な所作で、おいしそうにもりもりご飯を食べてくれる人を見るのは楽しい。

 最初におにぎりを出したときは、手で食べることに驚いていたけど、最近はうち日本式の食べ方にもすっかり慣れたものだ。


 これが小さい子供だったりしたら、めちゃくちゃ可愛がるんだけどなぁ。


 そう考え、チラリと七~八才くらいの年齢の若君を想像してみる。

 柔らかそうな明るい栗色の髪、クリッとしてまつげの長いキラキラの目。すごく楽しそうにニコニコと食事をしている男の子。

 ああ、これはきっと可愛いわね、うん。


「ん? 顔になにかついてる?」

「いいえ、おいしそうに食べるなと思ってただけですよ」

 私が素直にそう答えると、若君は子供のようにクシャっと笑って、

「そりゃあ、ナナの作るご飯は最高だから」

 と言った。

 その笑顔に、ついつられてニッコリしてしまったのが悔しいから、わざと澄まして

「恐れ入ります」

 と答えておく。


 さすがに大人の男性じゃ可愛がるわけにもいかない。立場も違うし。

 今は私が作るものが物珍しいだけだろう。

 最初に食べさせたのが豚の生姜焼きを具にしたおにぎりだったから、醤油マジックにはまってるのかな。あまり使えない、秘伝の調味料だとは言ってるんだけど。


「この野菜の煮込みもおにぎりもスープも、本当にうまい。おかわりをもらっても?」

「もちろんいいですよ」


 よく考えたら若君って、絶対私が一人の時にくるんだよね。

 どこかで誰かに見張らせてるとか……ないよ、ね?

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