第5話 修行中

 ゲシュティに戻って二週間。

 驚くほど平和で仕事がはかどった。びっくり。


 少し苦手な襟の縁取りを任されてもサクサクと作業が進み、綺麗に仕上げることもできたのよ。サリーおばあちゃん、いえ、仕事中だから師匠・・にも「上出来」の言葉をもらえたしね。やった。


 今私が力を入れてるのが、服を作る前段階である型紙作り。

 型紙を引くのが日本というか、地球(と言っていいのかは謎だけど)とは違うので、空いた時間はそっちをメインに勉強している。地球だと、型紙は紙に書いてくものが一般的だと思うんだけど、ゲシュティだと立体・・に作っていくの。採寸も同じ。

 わかりやすく言うと、パソコンに採寸を元に立体のモデルを描いたと想像してみて。その3Dモデルに服のパーツを作って当てて型を作り、それぞれ広げて布に乗せる。そんな感じ。

 それをパソコンなしで、リアルサイズで作業するの。


 お客様のモデルを引き出して、特殊なペンとメジャーで型紙を引く。

 このモデル、見た目は半透明のマネキンみたいな感じ。普段はぺっちゃんこにつぶしてあって、必要に応じて出すんだけど、初めて見たときはめちゃくちゃ恐かった。だってお客様そっくりだけど半透明で、使うときはぺっちゃんこのヒラヒラしたものがボンッと立体になるのよ?

 もちろんマネキンみたいなものだから表情はない。大抵うちで作るのは大人の男の人の服だから、ボンッと現れるのもごつい男の人。一応裸ではなく、ピッタリした水着を着てるような感じにできてるんだけど、あれはちびっ子からしたら恐いって!

 今でも、おばあちゃんが夜作業してるのに気付かず、心の準備なしに見てしまうとギョッとしてしまうのよね。早く慣れたいわ。


 そして、できた各部位の型紙を生地におくわけだから、最初から平面で作るよりは簡単なはずなんだけど、言葉で表現できない勘のようなものが必要になるので、すっごく難しい。でも仕立て士にとっては、素材の組み合わせ以上に重要で、かつ腕の見せ所でもあるから、「一生勉強」といわれていることの一つなんだって。


 ちなみにお母さんは、日本でお針子さんのお仕事をしてたんだけど、紙で型紙を作るのにびっくりしたらしいし、なかなか慣れなかったそうだ。




 来月には、王族の方の式典衣装を作るため、王都まで行くことになっている。

 毎年恒例なんだけど、今年は初めて私も連れて行ってもらえることになってるの。

 王都よ、王都! お城に王様とか王子様とかが住んでるのよ! ナマで「王族」の人を目にするなんて、今から緊張してしまう。

 本音を言うと、まだこちらの身分制というものがイマイチよく分からないんだけど、みんな自分より偉い人って考えていれば、失礼はしないよね? と、ちょっぴり心配。行儀見習いも兼ねるからねと、おばあちゃんからはニッコリと怖い宣言をされてしまったし。

 とはいえ、避けて通れない道だから、頑張るしかないのだわ。うん!


 普通上級仕立て士の工房には複数の人が働いてるんだけど、うちは基本外注。

 補助をしてくれる仕立て士さんや、靴やベルトなど、各装飾品の造形士さんがその時々で入ってくれる。彼らは基本自分の工房を持ってるけど、元はおばあちゃんの弟子だった。おばあちゃんは自分の下で働かせることよりも自立をさせる主義だそうだ。何人かは弟子時代に、私が子どもの頃可愛がってくれた人が何人もいるのよ。その点では、気心知れた人が多いって安心感がある。


 今回王都には、私と造形士さんが一人、合計三人で行くことになっているのだけど、補助の仕立て士さんは王都にいる人に頼むらしい。私はまだ会ったことがない人もいるらしいから、少し楽しみで、少し不安だ。


 そんな感じで毎日がとても充実してて、はて、なぜだ? と考えたとき、そういえば、若君が来てないからだと気付いた。

 うふっ、邪魔が入らないっていいわぁ。

――――なんて思ってたのだけど……。


「ナナ、何か食べさせて」

「うわっ、出た!」


 帰省前から数えて、約二十日ぶりの若君の笑顔がそこにあった。

 ああ、今日も無駄にキラキラしてるわぁ。

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