第4話 家族
当時を思い返すと、我ながら「子供の順能力ってすごい」って思う。
あまり人見知りをしない性格だったこともあってか、私はあっというまにゲシュティでの生活に慣れた。
見たこともない物や人が珍しく、祖母に完全に懐いてからはすべてのことが新鮮で面白かったのだ。
それでも夜はホームシックで泣いてしまい、おばあちゃんたちを困らせたけど。
昼間は
助けてくれたお兄さんに会いたかったから。ありがとうも言いたかった。
でもお兄さんは、たまたまあの日こちらにいただけの人だったのか全然会えなくて、
「また会えたらいいね」
と、警邏のお姉さんに頭をなでてもらったことを覚えている。
名前も知らない。
お兄さんはその後も何度も私を助けてくれたんだけど、なぜかいつも私が夢うつつの時だから顔もわからない。
ちゃんと起きてるときにも会えたらいいのに。
それでもあの安心できる温かさと声は、今でも私の理想なんだよね。
そしてゲシュティで生活して一月後。
私は突然見つけた道から、タキと一緒に日本に帰ることになった。
☆
日本に帰ってきたけど、アパートには帰ることができなかった。
おうちへの道を探す幼い私を、お母さんはすぐに見つけてくれた。ギュウギュウに抱きしめられて嬉しかったけど、いろんなことが変わっててびっくりした。
後に、地震でアパートが半壊したことを知った。
地震のさなかに道が開き、その先にゲシュティが見えたから、お母さんは私とタキを逃がしてくれたらしい。
そしてお父さんたちには事情を話し、もしかしたら二度と会えないかもと心配していたそうだ。でも私は一月をゲシュティで過ごし、サリーおばあちゃんに作ってもらった可愛いワンピースを着て、ご機嫌でひょっこり帰ってきた。
あのとき向こうの扉が開いたきっかけは、たしか雷だったな。
十四歳である程度自由に扉を開くことができるまでは、何がきっかけで道が開くかわからなかった。それでも、二度と会えないと思ってたおばあちゃんと手紙のやり取りをしたり出来て、お母さんは少し嬉しそうだった。
お母さんが日本に来たきっかけは……。
まあ、それはそのうちね。
☆
翌々日、帰国したお兄とお父さん、それからお父さんのほうのおばあちゃんと四人で、お母さんのお墓参りに行った。私はサリーおばあちゃんから預かった「シシリルの水」をお墓に備える。
『これはね、死者の国と生者の国をつなぐ川の水なんだよ』
サリーおばあちゃんは、そう教えてくれた。
死者は時々生者の国にくることがあるから、その行き来に迷わない様にって。日本のお盆みたいな考えなのだろうね。
「菜々、お仕事はどう?」
墓地の近くのカフェでお茶を飲みながら、おばあちゃんが尋ねた。
おばあちゃんの名前は如月
「刺繍の腕は結構上がったよ。でも力を注ぐのが難しいね。素材の組み合わせも無限大だし」
ゲシュティでどんなに力を込めたものを作っても、日本では効果がない。
それでもデザインはわかるので、時々練習を兼ねた小物を作って持ち帰るのだけど、美鈴おばあちゃんはこの小物をとても気に入ってくれている。
今回は今練習中の刺繍とビーズを組み合わせた、小ぶりのコサージュをプレゼントした。落ち着いた色合いの赤い花はおばあちゃんの顔色をよく見せるし、襟元につけるだけでとても華やかな印象になる。
この組み合わせの効果は、ゲシュティなら喉や首の保護になるものだ。
「おばあちゃん、最近よくせき込むって言ってたでしょう? 気休めかもしれないけどお守り代わりにね」
「じゃあ、毎日つけなきゃね」
付けたコサージュを鏡で角度を変えて見ながら、おばあちゃんはにっこりと笑った。自分の祖母ながら、めっちゃ可愛い。
お互いの世界に持ち込める量は本当に微々たるもので、私が最初にしょっていた小さいリュックに入る程度のものだけだ。だから移動に荷物がかさばることはないけど、少々不便ではある。
いつか家族に私が一から仕立てた服を贈りたいけど、その場合、日本で材料を揃えて縫わなきゃいけない。日本の方がある意味材料は豊富だからそっちは問題ないの。でも細かいところで教えてもらえないのはまだ不安なので、一人ですべて仕立てられるまでの道はまだまだ遠そうだ。
――そうして、日本の家族と数日を過ごし、修行のためにお兄はフランスへ、私はゲシュティへと戻った。
私は大体月一で帰省するけど、次にお兄が帰国するのは新年だという。
その時は、同じくフランスに修行に来ている、日本人の彼女を連れてくるってさ。
写真の彼女は、ショートカットの似合う綺麗なお姉さんだ。
ということは、もしかして?
父よ、お兄が本当に嫁を連れてくるかもだよ?相変わらずリア充な兄だわ。
「菜々は? 彼氏の一人や二人、できたか?」
「できるわけないじゃない。お兄じゃあるまいし」
一瞬、若君の
しばらく大人しくしてくれるといいんだけど、なんて思いながら。
「まあ、恋をするときはよく考えてな」
そう言って、お兄はいつものように私の頭を手のひらでポンポンとした。
このときの私は、その意味をよくわかっていなかったんだよね。
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