第3話 迷子
正直いうと、あの日何が起こったのかは、私が小さかったせいかよく覚えていなかったりする。ただ、ゴゴゴというような、何か低い音が遠くから聞こえてたのを覚えている。子猫のタキとじゃれてたはずなのに、気が付くと私達は外を歩いてたのだ。
「おばあちゃんを探して! 迷子札を見せて、
真っ暗なところからお母さんの声だけが聞こえてた。
小さなアパートにいたはずなのに、どうして外にいたのかわからなかった。
見たこともない石畳の道。
さっきまで夕方で外はもう薄暗かったはずなのに、いつのまにか昼のように明るい。そんな中を私はタキを抱っこしてグスグス泣きながら、来たはずの道を歩いていた。
どんなに歩いてもおうちは見つからない。
お母さんがどこにもいない。
あの心細さは、今思い出しても胸の奥がギュッとする。
お母さんの言ったことの意味が分からなかった。
おばあちゃんはアパートのそばに住んでいて、毎週のように会っていた。実際にしたことはなかったと思うけど、年長になった当時は一人でも歩いて行けたと思う。
だから一生懸命、知ってる道を探したのに見つからない。
実際は、ゲシュティに出たところからまっすぐ前に進めばよかったのだ。そうすればサリーおばあちゃんの家のほうに向かうことになった。けど、この時の私は帰ろうと思って一生懸命だったから、来た道を戻るつもりで逆に進んでしまっていたんだよね。でも当時はそんなことはわからなかったんだ。
「おか……さん……。おばあちゃーん……」
もうすぐお兄ちゃんが学校から帰ってくるはずだ。
そうしたら一緒におうちに帰れるかもしれない。
歩き疲れたこともあり、私は道端にあったベンチのような平たい岩に腰をおろし、タキを抱きしめながら泣き続けていた。タキは不思議なくらいおとなしく抱っこされていた。その柔らかさと温かさに安心したのか、私はちょっとウトウトし始めていた。そして、気が付くと
そこまでは夢うつつ。
「どうしたの?」と、優しい声が聞こえて、そのお兄さんと手をつないで歩いたことをぼんやり覚えてる。とても安心できるぬくもりと声だった。
待機所でお水をもらって、やっと目が覚めた私は名前を聞かれ、
「きさらぎななです。青葉ようちえん、キリンぐみ。5さいです!」
と、頑張って元気に答えた。
まあ、ゲシュティの皆さんには「なにそれ?」だったよね。
周りの戸惑う空気を感じ、そこで初めて私はお母さんに言われたことを思い出した。迷子札を見せなきゃって。
それはいつもお守りのように首から下げてる小さな巾着。それをごそごそ出して、中身を警邏の人たちに見せた。
ミニハンカチのようなそれの片面には、日本語で私の名前と連絡先が刺繍してある。そしてそれを囲うようにぐるっと綺麗な模様が入っているきれいな迷子札だった。
「これは……! 誰かモイラさんを呼びに行け!!」
☆
綺麗な模様だと思ってたのは、ゲシュティの文字だった。それも、上級仕立て士の使う特別なフォントだったのだ。
警邏のお姉さんに遊んでもらいながら待っていると、怖い顔をした女の人が現れ、私はビクッとした。
それが初めて会う母方のおばあちゃん。サリーおばあちゃんこと、上級仕立て士サラ・モイラだった。
怖い顔をしてたのは、緊張でガチガチになってたからだそうだ。
お守りを読んだおばあちゃんは私に色々聞いたけど、当時の私にはよくわからなかった。ただ「お母さんの名前は?」と聞かれたときは、胸を張って
「けい。きさらぎけいです!」
って答えられた。
私はお母さんに似ている。おばあちゃんが言うには、お母さんの小さいころにそっくりだそうで、疑いようもなかったらしい。
十五歳で消えたサラの娘の子どもが来た! ってことでまわりは大騒ぎだったんだけど、当の私はまだよくわかってなかったんだ。
ただ、サラおばあちゃんはお母さんと声がとても似ていて、タキにも優しかった。
「おばさんが、
お母さんの言葉を思い出しながら聞くと、おばあちゃんは
「そうだよ。
と答えて、そっと壊れ物のように私を抱っこしてくれた。
そして、それから一か月を、私はサリーおばあちゃんと一緒に暮らすことになったのだ。
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