第3話 起きた矢先に獏を見た。
起きた矢先に獏を見た。
なんともまあ、偉そうに、人の腹の上で眠ってやがる。
寝てるときに腹に何か乗ってると怖い夢を見るというが、さっきの夢はもしかしたらこいつのせいかもしれない。僕の息苦しさと反比例して、獏はすぅすぅと寝息を立てている。寝息に合わせて漂ってくる、動物特有の何とも言えない臭いに思わず顔をしかめるが、これも古都京都あるあるなのだろうか。
というか、正面から見たこいつの顔は何なんだ。さすがに3度目なのであからさまには驚かないが、まじまじと見るとぎょっとする。中途半端に長い鼻の先は少し分かれていて気味が悪い。真っ黒な顔もそれに拍車をかけている。
ぺちぺち、とその気味の悪い顔をたたく。獏はめんどくさそうにゆっくりと目を開け、横に転がって僕の腹からその体をどかした。くしゃり、と真新しい紙の音がした。
「……なんだこれ」
僕の腹の上にはしわくちゃの紙束が置いてあった。どうやら獏はこの上に寝ていたみたいだ。手に取って見てみると“契約書”と大きく目立つようなフォントの下にびっしりと並んだ条項、ざっと30条ばかりがA4用紙数枚のなかに所狭しとひしめき合っている。
タチの悪い悪戯かと思ったが、生憎とそんなことを仕掛けてくるような知り合いはいない。夢だと思って聞き流していたものの、だんだんと雲行きが怪しくなってきたのが分かる。
「まぁ、部屋で獏が寝てる時点でおかしいけどね」
契約書のようなお堅い文章は嫌いだ。だけど他にすることもないので、寝ぼけまなこをこすって契約書を解読してみる。努力はしたものの、やはり契約書は寝起きに読む文章ではない。何度も何度も目を閉じそうになって解読作業に勤しんだ結果、何となくだがこの文書の内容を把握することができた。
「……なんてこったい」
A4用紙数枚にわたる契約書をまとめるとこうなる。
・僕だけが獏を見ることができる
・獏を見ることができる僕には獏を養う義務が生じる
・獏を養うというのは、主に夢を料理して差し出すということ
・詳しい業務内容は夢の中で獏から聞くように
あれだけ必死に読んだにもかかわらず、さっぱり内容が分からない。どうして契約書っていうやつは半分以上を内容がない項目が占めているくせに、肝心なことが分かりにくくなっているのか。
唖然とする僕の後ろからぴゅーぅ、と甲高い音がした。びっくりして振り返ると獏がそばにいた。さっきの声はこいつの鳴き声か、と驚く間もなく、獏はこの狭いアパートの一室で最も高価な皿を僕の目の前に差し出してきた。そして獏はもう一度ぴゅーぅ、と鳴くと契約書の一部を鼻で指してきた。
第27条、夢以外でも乙は甲の食事、住居等の面倒を見る義務を負う。
……だから契約書は嫌いなんだ。
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