エピローグ

エピローグ

 塚原の高校の卒業式は予定通りにおこなわれ、何も問題なく終了した。

 塚原はクラスメートと春休み中に会おう、暇な時は連絡しろ、といった当たり障りのない話をしていた。

 しばらくして、クラスメートとの当たり障りのない話が尽きかけた時、


「塚原、ちょっといいか?」


 折津が塚原に話しかけてきた。


「ああ、いいぞ」


 そう返事をして、塚原は折津と共に人だかりから離れ、落ち着いて話せそうな場所に移動した。


「卒業おめでとう、塚原」

「お前もな」

「卒業、か。何だかあっという間だったな」

「そうだな。まぁ、楽しい時ってのは時間が経つのが早く感じるからな」

「たしかにそうなのかもな。私にとって、本当にこの高校生活は楽しかったから」

「そりゃ、いいことだ。……なぁ、折津」

「何だ?」

「お前、進学せずに何かをやるって言ったろ? それってさ、お前を苦しめたりすることなのか?」

「どうして急にそんなことを聞く?」

「いや、その、ただ何となくそう思っただけなんだ」

「……私のやろうとしていることは、お前の言う通り私を苦しめるかもしれない。でも、苦しむって分かっててもやる価値はあることなんだ。だから私に迷いはないよ」

「そっか。お前がそう言うなら、それでいいや」


 塚原としては苦しむと分かっている折津を止めたいという気持ちがあったが、迷いがないと折津が言う以上、止めることはできなかった。


「私もお前に言いたいことがあるんだけど、いいか?」

「いいぞ」

「それじゃ、一言だけ。市民を守ってくれよ、警察官さん」

「……ふっ。ああ、お前を含めた市民をかならず守るよ」

「頼もしい言葉だ」


 そう言いながら折津は満面の笑みをした。

 満面の笑みをした折津の顔は、年頃の女の子と変わらない、幸せに満ちたものだった。




『みなさーん、こんばんはー! ラッツでーす!』

『会場のみんな、テレビの前のみんな、今日は私達のライブを楽しんで見てね!』

『つい最近まで色々と心が暗くなる出来事があったけど、今日は私達の歌でこのライブを見てくれる全員を笑顔にします!』


 大型街頭ビジョンに三人組アイドルグループ、ラッツの姿が映し出されていた。

 いつか、クイズ番組で宣伝していた英雄の日におこなわれるライブが生放送されていたのだ。


 今日は、英雄の日。

 折津が塚原の前から姿を消して実に二週間という時間が経っていた。


 あのあと、折津が姿を消すのと同時に関内が捜査一課の刑事全員と物井ら自衛隊の部隊を引き連れ教会内に突入した。

 三十にもおよぶフィズの死体の中、床に座り込んでいた塚原はすぐさま救助され、病院に運ばれたが、塚原は色々と理由をつけてその日の内に病院を抜け出した。

 塚原は折津の血を体内に入れたことで人間から人間でない、フィズでもない中途半端な存在となった。

 もしも病院で精密検査をされたらそれが露呈する可能性がある。だから塚原はその日の内に病院を抜け出したのだ。


 塚原が病院を抜け出して県警本部に戻ると、すぐに塚原は関内に聴取をされた。

 内容はもちろん教会で何があったのか。


 塚原は、連続殺人事件の被害者達に教会という共通点があり、それを確認するため教会に向かったところフィズに襲われ、目を覚ましたら関内達が教会に突入してきた、と説明した。

 ひどい説明ではあったが、関内はそんな塚原の説明を信じ、それをそのまま上に報告して以後、塚原が聴取されることはなかった。


 おそらく、あれ以降自分が聴取されないのは関内が色々と庇ってくれたからだろう、と塚原は思っていた。

 ともかくとして、塚原は自分の身に起きたことと、折津の存在については隠すことができた。


 その一方で、三十ものフィズの死体が発見されたことにより政府は関東圏の封鎖および市内の完全封鎖の解除を見送り、自衛隊と警察を総動員し、まだフィズがいるかどうか、特に市内を中心として大規模な捜索をおこなった。


 だが、そんな捜索は昨日打ち切られ、関東圏の封鎖および市内の完全封鎖は解除された。これには、経済的理由があった。

 国民の祝日である英雄の日は、翌日の建国記念の日と合わせて連休になるということもあって国中の人間がお祭り騒ぎになり、その経済効果は無視できるものではなかったのだ。

 だから政府は英雄の日の前日である昨日、捜索を打ち切り、封鎖を解除したのだ。


 それにともない、フィズ対策本部は実質的な解散となった。残る業務が今回の事件の顛末をまとめ、報告書を作成するだけとなったためだ。

 報告書の第一報は完成しており、本部長である関内は今日、報告書を提出するため本庁に向かった。

 そんなこともあり、捜査一課は久しぶりの静けさを手に入れ、夜勤の人間を除く全員が終業時間に帰宅することができたのだ。


 塚原は夜勤ではなかったので帰宅。その後、電車で都内に向かった。

 そして、塚原は適当な駅で電車を降りて駅前のベンチに座り、祝日でごった返す人ごみを眺め始めた。

 なぜ塚原がこんなことをやっているのかといえば、こういった人が多い場所なら折津をみつけられるのではないか、という思いつきによるものだった。


 この二週間、塚原は暇をみつけては折津を探した。

 だが、塚原は結局折津をみつけることができなかった。


 自分が折津をみつけることは、無理なのかもしれない。

 そんな諦めみたいな気持ちがあったからか、ベンチに座りながら人ごみを眺め始めて一時間ほどで塚原は視線を人ごみから近くにあった大型街頭ビジョンに移していた。


『それじゃ、そろそろ始めようか!』

『そうだね!』

『みんなー、準備はいいかー!?』


 いよいよ、ラッツのライブが始まろうとしていた。

 ふと、塚原は久保田のことを考えた。久保田は、この生放送を見ているのか、と。


 しばらく考え、塚原は一つの答えを導き出す。久保田は直接ライブ会場で見ているだろうという答えを。

 なぜなら鑑識課も、捜査一課と同様久しぶりの静けさを手に入れたからだ。


『それじゃ、いく『待てぇ!』』


 そして、ラッツのライブが始まろうとした時、ラッツのいるステージに乱入者が現れた。


『……はぁ?』

『……えっ?』

『な、何?』


 突然の乱入者にラッツのメンバーは驚いている様子を見せる。たまたま大型街頭ビジョンでその様子を見ていた塚原の周りの人々もその光景に驚いている。


 乱入者は、人間とかけ離れた外見をしている者だった。

 この時、多くの人は、こう思っていた。フィズのコスプレをした痛い奴がラッツのステージに乱入した、と。


 だが、塚原には分かった。

 乱入者は、フィズのコスプレをした人間ではなく、本物のフィズであることが。


『おい、お前!』


 警備員の一人が、乱入者してきたフィズを排除しようとステージに入ってきたが、


『ふん!』

『がっ!』


 警備員はフィズに胸を腕で一突きされた。


『き、きぃやぁあああああああああああああああ!!』


 それは、ラッツのメンバーの悲鳴か、それともライブ会場にいる人の悲鳴か。誰の悲鳴かは分からないが、その悲鳴を聞き、全員が理解した。

 これは、現実の光景なのだと。


『聞け、人間! つい先日までの関東圏封鎖は、テロリストグループを排除するためではない! 政府は、ある存在を隠したかったのだ! ある存在とは我々フィズだ!』


 フィズは、生放送で関係者が泡を吹いて倒れそうなことを話し始めた。


『お前達人間は我々が滅んだと思っていたようだが、それはまったくのデタラメだ! 我々は一度姿を消しただけだ! そして我々は今日、再び姿を現した! ここに宣言する! 我々はこの国を侵略し、フィズの国を建国する!』

『やばいよ、これ!?』

『う、嘘……』

『に、逃げようよ!』


 突如現れたフィズ。逃げようとするラッツ。

 そんな光景は、人々に大きな動揺と混乱を与えた。

 塚原の周りも、騒がしくなり始めていた。

 だが塚原は、そんな周りの様子をしり目に、その場から離れ、人気のない裏路地に向かった。




 人気のない裏路地に到着した塚原は、背負っていたリュックからあるものを取り出した。

 それは、自分が入手したとバレないよう色々と工作して手に入れた過去の目撃者の意見を参考に復元され、販売されていたヒーローのコスプレ衣装だ。


 折津はフィズと戦うため姿を消した。つまり、まだまだフィズはいるということだ。

 折津は戦い続けるだろう。人々の日常を脅かすフィズが全ていなくなる日まで。

 そして、傷つき続ける。それをただ黙って受け入れることを、塚原はできなかった。


 塚原は、当たり前の様に人々が暮らすこの日常を守れる人間だ。だからこそ、だからこそ塚原は、折津が楽しかったと言った、折津自身の日常を守ってやりたいと思うようになっていた。

 塚原は、折津の血を体内に入れ、フィズと戦える力を手に入れた。そう、塚原はフィズと戦えるのだ。

 だから、塚原は答えを出した。


 自分が、フィズと戦うという答えを。


 塚原がフィズと戦うことで、折津がフィズと戦う回数が減る。

 つまり、折津が傷つく回数を減らせるということだ。そして全てのフィズがいなくなれば折津はこの日常を謳歌することができる。


 だから塚原はフィズと戦う決意をし、フィズと戦う時に自分の素性がバレないようフィズ相手にぴったりのヒーローのコスプレ衣装を入手したのだ。


 塚原は服を脱ぎ、コスプレ衣装のスーツを着た。

 あとはマスクを被るだけである。

 フィズとの戦いは過酷で、辛いものになることは、容易く予想できるものであった。


 きっと、傷つくだろう。


 きっと、後悔するだろう。


 きっと、やめたくなるだろう。


 それでも、塚原は戦い続けるだろう。


 折津を含む人々の日常を守るために。


 それと、塚原にはフィズと戦っていればいつか、折津と再会できるかもしれないという考えがあった。

 塚原は、折津に再会した時は色々と言いたことがあったが、まずはこの言葉を言うつもりだった。


 もう、一人で戦わなくていい、と。


「…………よし、行くか」


 そして、塚原はマスクを被り、フィズと戦うためライブ会場に向かった。




 二月十日、英雄の日。


 この日、人々はフィズという絶望を思い出した。


 同時に、人々はヒーローという希望を思い出した。

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【完結】ヒーローがいなくなったあとの世界で 東谷尽勇 @higashitani

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