第四章 その4

「ど、どうして折津が!?」


 捕らえられた折津の姿を見て、思わず塚原が叫ぶ。


「折津さんと協力関係になったのは、彼女が強すぎてこのまま戦い続けたらいつまで経っても計画が実行できないから。しかし、計画は失敗した。なら、折津さんと協力関係を続ける必要もなくなる。だから殺すことにしました。運のいいことに折津さんは私に心を開いてくれていたので隙をついて捕まえるのは簡単でした」

「折津を放せと言っても、放しませんよね?」

「無論です。そもそも素性を知った折津さんを殺すだけなら、捕まえた時に殺しています。なのに折津さんはこうしてまだ生きている。つまり、折津さんが生きていることには理由があり、理由がある以上簡単に折津さんを放すわけがありません」


 その通りであった。素性を知ったから殺すのなら、今この段階で折津が生きているのはおかしいことである。

 だが、折津は生きている。つまり、シスターの言う通り、折津が生きているのには理由があるということだ。


「折津を生かしている理由はなんです?」

「折津さんはあっけなく捕まえられました。そして殺そうとしましたが、捕まえて気を失った折津さんを目の前にした時、ある考えがよぎりました。この女は、どれだけの同胞を殺したのかと。そう考えたらただ殺すのでは物足りなすぎる。だから、殺すのを一旦やめました。折津さんを苦しめて苦しめて苦しめて絶望した状態で殺すために」


 それは、塚原がゲスと切り捨てたいほどの理由であったが、その理由のおかげで折津は今のところ死なずにすんでいる。


「さて、私は考えました。どうすれば折津さんを苦しめ、絶望させることができるのか。そして一つの結論に達しました。塚原さん、あなたを折津さんの目の前で殺すという結論にね」

「俺を、折津の目の前で殺す?」


 塚原はなぜ、自分を折津の目の前で殺すことで折津が絶望するのかが分からなかった。


「協力関係ということもあってそう短くもない期間を私と折津さんは共に過ごしました。だから分かるんです。折津さんが、塚原さんに何か特別な思いを持っていることに」

「折津が、俺に特別な思いを……」

「心当たりはあるはずですよ。折津さんが協力関係である私達に決して話さなかったプライベートに関わる話をあなたに話したこととかね」


 シスターの言う通り、折津は塚原にプライベートに関わる話、自分が人間とフィズのハーフであることを話した。

 さらに折津はその話を塚原に話してもいいと言った時、私と塚原の仲だからだ、という理由を説明していた。

 少なくとも、折津が塚原に何か特別な思いを持っているのは間違いないことであった。


「……っ」


 そんな中、折津が目を覚ました。


「おや、どうやら目を覚ましたようですね」

「折津!」

「……塚原、か。悪い、ドジった」


 折津は塚原に謝罪したが、折津は何も悪いことをしていない。悪いのは、折津を騙したシスターである。


「おはよう、折津さん」

「やってくれたなシスター」

「お喋りをするくらいには元気なようですね」


 折津がどのような感情でシスターと話しているのか、塚原には分からなかったが、少なくともその感情は折津にとって最悪なものであることは推測できた。

 だから塚原は折津とシスターの話を一刻も早く止めることにした。


「シスター」

「何ですか、塚原さ……おや?」


 塚原はホルスターから拳銃を取り出してシスターに向かって構えた。


「まさか、そんなお粗末なもので私を殺せるとでも思っているのですか?」

「やってみなきゃ分からないものですよ」

「逃げろ塚原。私のことは見捨てていい」

「例えお前を見捨てても無事に逃げることなんてできないさ。それに、俺は人を見捨てて逃げられる人間じゃないからな」

「塚原……」

「あなたのことを低俗な人間の中でも少しはマシな部類の人間だと思ったのは間違いだったかもしれませんね。他人など見捨てて、逃げればいいのに」

「でも、逃げても殺すんですよね?」

「もちろんです。まぁ、諦めがいいとも言えますか。ならば、それに免じてあなたの悪あがきを喰らってあげましょう。折津さん、しばらくそこで大人しくしていてください」

「ぐっ!」


 シスターは折津を床に放り投げ、塚原の方を向いて両手を広げた。


「さぁ、その銃で私を撃ちなさい。一発だけ喰らってあげます。そして、そのあとすぐに殺してあげます」


 シスターのその行動は、プライドが高く、人間を見下しているフィズだからこそのものであったが、塚原はそんなシスターの行動に感謝した。

 その行動のおかげで、塚原はたった一度のチャンスを得たからだ。

 塚原は、落ち着いてシスターに狙いを定め、引き金を引いた。


「……ふん」


 弾は命中したものの、シスターは動じる様子をまったく見せなかった。だが、


「あなたの悪あがきは、やはりたいしたことがないですね。さて、一発だけ喰らってあげましたので、あなたを殺し…………がっ!?」


 弾が命中して数秒後、それは起きた。


「か、体が動かない!?」


 塚原が発砲した弾は、久保田から貰った人間サイズのフィズの動きを一定時間止められる対フィズ弾であった。


 動きを止められる時間は使ってみなければ分からないが、対フィズ弾は見事シスターの動きを止め、塚原は心の中で久保田に感謝しつつ、動かなくなったシスターを無視して、クモの糸のようなもので腕と足を縛られた折津のもとに急いで向かった。


「大丈夫か、折津!?」

「お前、何したんだ?」

「それを話している時間はない。今、この糸を解いてやる」

「スカートの右ポケットに折り畳みナイフが入ってる。糸を解くならそれを使え」

「分かった」


 折津に言われた通り塚原は折津のスカートの右ポケットから折り畳みナイフを取り出し、それを使って折津の腕と足を縛っている糸を切り始める。


「……よし、できた! これで動け――――」


 塚原が糸を切り終えたことを折津に報告した瞬間、折津は塚原に体当たりする形でその場から飛んだ。

 どうして折津がこんなことをするのかと塚原が考えた直後、大きな音がしたと同時に塚原がいた場所には穴が空いていた。そうなった原因は、


「たかが人間がやってくれたな!」


 怒り狂ったシスターの拳だった。

 つまり、動けるようになったシスターが塚原に攻撃してきて、間一髪折津が助けたということだ。


「ありゃ、一分ももたなかったか」

「たくっ、塚原のせいでシスターがマジギレしちまってるじゃんか」

「それに関してはすまん」

「まぁ、いいさ。どうせ戦うんだしな」

「だな」

「……いいです、こうなったらただ絶望して殺すなんて生ぬるい。なぶり殺しにしてやる! 全員出てきなさい!」


 シスターがそう言い終えると同時に、教会のいたる所からフィズが現れる。

その数、シスターを含めて実に三十。


「う、嘘だろ」

「塚原、シスターだけがフィズだと思ってたのか?」

「いや、多少他にもフィズはいるだろうとは思っていたが、まさかここまでいるとは」


 シスターの計画が色々と準備が必要なことは第三者の塚原でも分かることだ。

 同時に、その準備には多くのフィズが関わる必要があることも塚原は分かっていた。

 だから、折津が倒し続けたとはいえ、何体か他にもフィズがいると塚原は思っていたが、さすがにここまでいるとは思っていなかったのだ。


「なるほど。三十、か。こりゃ、残存フィズ調査会の人間全員がフィズだったな」

「マジかよ」

「そうです。残存フィズ調査会。その真の実態はフィズという存在を再び人間に認識させる計画に賛同した同志の集まり。覚悟はいいですね、二人共。楽には死なせませんよ」


 塚原は、この状況をどう切り抜けるか考え始める。

 折津は塚原が心配しなくても切り抜けられる可能性が高い。シスターに捕まりはしたがそれは仲間だと思っていたことによる隙が原因で、今はもう、その隙がないからだ。


 だが、塚原はそうもいかない。むしろ、折津の足を引っ張りかねない。

 だから、塚原はこの状況をどう切り抜けるか考え始めたのだ。


「…………………………塚原」

「何だ、折津?」

「お前にとって絶望的な状況かもしれないけど、私はどうにか切り抜けられると思う」

「だろうな」

「でも、お前を守りながらになると私でも無理だ」

「ああ、それは覚悟している。お前の足を引っ張らない程度にはどうにかするつもりだ」

「それは絶対にできないな。なぜならお前がこの場にいるだけで私にとっては足を引っ張られることだからな」

「おいおい、なら俺はどうすりゃいいんだ?」

「一つだけ、お前が私の足を引っ張らずに済む方法がある」

「どんな方法だ?」


 折津の足を引っ張らずに済む方法があるならばすぐにでも知りたいと思っている塚原は、その方法を折津に聞いた。

 そして、折津はまっすぐ塚原を見つめ、こう言った。


「私の血をお前の体内に入れて、お前をフィズと戦える体にする」

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